兄と弟の話。


  人を外見だけで判断してはいけないと言う良い例。



 多分窓から。
 それも容赦無く射す光が顔面を射して居て、目を開けていないと言うのに眩しくて眩しくて。
 例えるなら顔面を貫く光の槍から逃れるように、身を捻ってから薄目を開けた。
 部屋の中は薄暗い。
 窓のある方を見上げて見たら、カーテンは閉まっていてその隙間。
 ほんの少しの隙間から漏れた光が俺の顔を照らしていたらしい。
 ・・・昨日、慌てて閉めるから。ちゃんと重なってなかったんだ。
「瑠玖めぇ・・・」
 起き抜けの声は掠れていた。
 寝る時は隣で俺の頭を抱いて居てくれる恋人も、朝には先に起きて仕事に行ってしまう。
 まぁ、仕事と言っても聖職者にとってはお決まりの朝の礼拝なので、すぐ帰って来るんだけど。
 最近俺は卵を焼く事を覚えたので、朝食でも作ろうかとベッドから身を起こした。
 すると。
「あ、あれ?」
「・・・うーん」
 テーブルに瑠玖の姿。
 もう帰って来てたのか!俺、寝すぎた?!
 慌ててベッドから降りようとしたら、ブランケットが足に絡まってバランスを崩し・・・。
 視点はあっさりと急降下。
 顎を床にがっつりと打ち付けて俺は複雑な体勢のまま痛みに唸る。
 結構派手目な音がしたので、瑠玖もこちらを振り向いた。
「・・・」
「・・・、何してん」
「いや、落ちた」
「うん、それは見たら分かる」
 手にしていた紙のようなモノをテーブルへ置くと、瑠玖はこちらへ歩み寄って来て
 複雑な体勢の俺を抱き起こしてベッドに座らせてくれた。
 打った顎を擦っていると、苦笑しながら小さくヒールを唱えてくれる。
「なんやもう、朝っぱらから元気いっぱいやな」
「うん。あ、いやっそうじゃなくて」
「ん?」
「瑠玖がもう帰って来てたから俺寝過ごしたのかなって慌てて・・・」
「あぁ、朝飯か?それやったら昨日寝る前にええって言うたやんか」
「え・・・?」
 寝る、前・・・?
 頭をフル回転させて記憶を巡らせてみても、寝る前に話した事が思い出せなかった。
 と、言うか。
 あの状態で何か約束めいた話を俺にしても無駄だと思うんだけど・・・。
 どんな状態か、なんて聞かないで欲しい。切実に。
「あぁー。訳分からんかったか、もしかして?」
「あ、当たり前だろーっ!!」
 にやにやして言う瑠玖に昨日の事がプラスされて恥ずかしくなって。
 座っていたベッドから思わず立ち上がっていた。
 瑠玖はと言えば、そんな俺の反応が面白いみたいでまだにやにや嬉しそうに笑いながら、
 よしよし、と頭を撫でて来る。
 子供扱いされてるみたいなんだけど、これで落ち着くと言うのかなんか満足するんだから
 俺も俺なんだと思う。
「朝飯に、と思てチキンサンド買うて来たからそれ食おうや」
「うん」
 瑠玖に促されてテーブルへ向かう。
 テーブルの上には紙袋に入ったチキンサンドが置いてあった。
 だけど、その紙袋はチキンサンドの湯気でか大分濡れていて、なんだか暫くこうして放置されていたみたいに見える。
 確か、露店パン屋は出来たてを紙袋に入れてくれるから、
 結構な時間が経たなければこういった状態にはならない筈だと思うんだけど・・・。
 瑠玖、一体いつ帰って来たんだろう?
 そして、俺は何故それに気が付かなかったんだろう?
 ・・・これでもアサシンクロスなのに。
 寝込み襲われちゃ暗殺者としての威厳が・・・。
「?どした?」
「や、いや、何でもない」
 あんな短時間で体力消耗すればいくらアサシンクロスだって熟睡するよね・・・うん、するよ・・・うん。
 なんて自分に言い聞かせてる間に、瑠玖がお皿にチキンサンドを取り分けてくれた。
 触ればまだ暖かいけど、あつあつって感じじゃない。
 んー・・・、余り深く考えないでいようか。
 別に瑠玖はやましい事してる訳じゃ無いんだしね。
「いただきます」
「おぅ。いただきます」
 食べ物の前では両手を合わせ。
 有り難く戴く、と。
 あー・・・チキンが柔らかくて美味しいー!
「なぁ、海月。今日は予定空いとるか?」
「う?・・・、うん。ギルドには昨日行ったから今日は呼ばれる事無いと思うけど?」
 見ると瑠玖はチキンサンド片手にまた何か紙のようなモノを持っていた。
 少し身を乗り出して覗いて見ると、写真だった。
 それに黒いインクで文字が書かれている。
 写真に写っているのは、女の子。
「何、どしたの?それ」
「あぁ・・・うん」
 言って瑠玖はその写真を俺に向かって差し出して来る。
 何処か困っているような表情だった。
 ラブレターか何かで、断る口実を探しているんだろうか?
 でも、俺の予定を聞いたって事は・・・?
 まさか、俺を恋人ですって紹介しちゃうとか?
 いや、それはそれでてっとり早いとは思うけど・・・そうなると噂とか広まるんじゃ・・・。
 って。
「えっ?!」
 俺は写真とそこに書かれている文章と。そして瑠玖を交互に見遣った。
 目が合うと瑠玖は、どうしよ、と言う顔をして見せる。
 写真にはこう書かれている。

 親愛なるお兄様へ。
 お久し振りです。璃玖です。お元気にしてまして?
 この度私、冒険者になってソウルリンカーを目指す事に決めました!
 このお手紙がお兄様に届く頃には、きっとテコンガールになっていて
 プロンテラデビューしている筈なので、是非お兄様にも一目姿をお見せしたいと思います。
 お兄様の都合のよろしい時に、璃玖まで耳打ちを飛ばして下さいね(はぁと

 P.S.
 海月ちゃんはお元気かしら?
 もし良かったら、お二人揃って会いに来て下さると嬉しいわ!
                             璃玖


 写真に写っている姿を見ても、文章を読んでもどうしたって女の子。
 だけど、俺は璃玖と言う名前の人を知っている。
 その人は瑠玖より1つ年下の・・・確か男の子だった筈で・・・。
 確かに雰囲気は可愛らしかったような気がしないでもないけど。
 でもなぁ・・・。
「瑠玖・・・。りっくんて男の子だよね?」
「あぁ。しっかりちんもたまも付いてて、俺の弟やった筈なんやけど・・・」
「でも・・・この写真に写ってるのは女の子だよ・・・ね・・・」
「せやな。どっからどう見ても女にしか見えへんやんな・・・」
 写真を二人で穴が開くほど見詰めながら、首をこれでもかと捻って腕を組んで唸る事しか出来なかった。
 俺と瑠玖が故郷を出てから、数年。
 冒険者にはならず普通に学者になると言っていたりっくんに一体何があったんだろうか。
 ・・・とんでも無い事があった事は確かだとは思うけど。
 性別が変化してしまっているんだから。
 由伊さんのような、いわゆるオカマと言う人種になってしまったんだろうか。
 差別や偏見を持つつもりは無いけれど。
 自分だって男の恋人を持つ身だし。
 でも何だか・・・自分の身近な人がこうも変化すると・・・。
 差別や偏見持つつもり無くても、人って動揺するもんなんだなぁ。



 困って悩んでいても仕方が無いので。
 りっくんの実のお兄さんである瑠玖は覚悟を決めた。
 そして一緒に会う事になった俺も覚悟を決めた。
 瑠玖はりっくんに耳打ちを飛ばし、待ち合わせ場所と時間を決めて。
 俺は身を引き締める為に風呂に入った。
 そして今、待ち合わせ場所に指定した大聖堂の横で待っている。
 噴水前でも良かったんだけど、あそこは人通りが多いから。
 教会って言うだけあってか、周りには余り人が寄らない大聖堂を選んだ訳だ。
 結婚式なんかやってると人だらけだけど。
 今日はそんなイベントも無いみたい。
「あー・・・どうしよ。緊張して吐きそうやわ、俺」
「えぇ?そんな事言わないでよっ。瑠玖がそんなんじゃ俺どうしたらいいの!」
 青い顔をして胸を擦る瑠玖の身体を、肩を掴んでがくがく揺さ振る。
 吐く、と言っていた瑠玖は身体を揺さ振られて吐き気が増したのか、ぐっと唸って口元を押さえた。
 ここで吐かれちゃまずい!と思って瑠玖の肩から手を離すも、瑠玖の吐き気は治まらず。
 そっと背中を撫でてみる。
「おっにぃさまぁーん!」
「!?」
「!?」
 なんと、表現していいか分からない。
 瑠玖を呼ぶのに張り上げられたその声は、台詞から想像するには遥かに遠く。
 オクターブ下を走っている。彼、いや彼女?なりには高めの声なのだろうとは思うんだけど。
 一般的な女性の声として聞くには耐えがたい。
 酷い、と言われるかもしれないけど、だって本当にそうなんだ。
 俺達の目の前に駆けて来たのは、紛れも無くテコンガール。
 髪の毛も前髪ぱっつんのボブカットで、綺麗な艶のある黒髪。
 顔も整っていて綺麗で、体系だって細身で。
 ただ一つ問題があるとすれば、ちょっと身長が高めな事かな。
 いや・・・ちょっとじゃないかも。
 俺より大きい・・・。
「すごぉーい!お兄様ったら、ハイプリスートなのね!」
「あぁ、うん。そう、そうやねん」
「さすがだわね。私ももっと早く冒険者になるべきだったわ!お兄様!」
「そうか・・・つか、その『おにいさま』ってのどうにかならんのか」
「え?だって、お兄様はお兄様じゃない?おかしいかしら?」
 小首を傾げて俺の方を見て来るので、反射的に首を横に振っていた。
 りっくんはそれに満足したのか、俺に向かって満面の笑みを見せる。
「ほぉら。海月ちゃんは分かってくれてるわ!海月ちゃんよね?」
「う、うん。久し振りだね、りっく・・・?」
 言い切る前に口の前にずいっと人差し指を突き出された。
 何事かと思ってりっくんを見上げると、その人差し指が左右に動き。
 りっくんは小さく首を振る。
「違うわよー、海月ちゃん。りっくんじゃなくて、りっちゃん。これからはりっちゃんて呼んでちょーだい」
「り、りっちゃん」
「そう!良く出来ましたー」
 きゃーっとりっちゃんは両手を打ち合わせて喜んでいる。
 ・・・本当にこれでいいのだろうか。
 瑠玖の方を見ると、明らかに「駄目だこりゃ」的な顔をしていた。
 それを見て俺も無意識に溜め息。
「あら?どうしたの?二人共」
「や、何でもないで?な?」
「うん。りっちゃんが会いに来てくれたから、驚いただけで」
「あら、そう?喜んで貰えたなら嬉しいわっ」
 嘘は言ってない、嘘は言ってないぞ。俺は。
「そうそう、お兄様」
「なんや?」
「私、お昼まだ食べて無いのだけど何処かいいお店知らないかしら?」
「あぁ、昼飯かぁ。そういや俺らも食うてへんな?」
「そうだねぇ。お腹減った」
 人間とは不思議なモノで。
 さっきまで緊張と困惑と他色々で胸いっぱいで空腹なんか忘れていたのに。
 こうして食べる事を話題に出した途端、急に空腹感が襲って来た。
 朝にチキンサンドを食べた切り、何も食べて居なかった。
 りっちゃんとの待ち合わせ時間がお昼くらいだったから、丁度いいと言えば丁度いいのかもしれない。
 不意にりっちゃんがぱちん、と手を合わせた。
「折角だから3人でお昼行きましょうよ!」
「そうやなぁ・・・」
「何?お兄様、嫌なの?」
「いや、俺ら殆ど家で食うから外食ってせぇへんねん。せやから店とかなぁ」
「うん、よくわかんない」
「あら、そうなの?」
 りっちゃんは少し驚いた様子で目を丸めるも、すぐまた笑顔になった。
 笑顔は変らず昔のままだなぁ。
「じゃあ、歩きながら探しましょうよ。ね?」
「まぁ、それでええならええけども」
「決まりねっ」
 嬉しそうに言ったりっちゃんは俺と瑠玖の腕を片方ずつ取って、無理矢理に腕を組み。
 真ん中を歩き出した。
 人と腕を組んで歩いた事が無い俺にとっては、正直歩きにくい。
 それも、りっちゃんは俺より背が高い訳だから肩の位置が上で・・・、なんかカッコ悪いなぁ、俺。



 大聖堂から暫く歩いて、露店街へ。
 プロンテラデビューをしていたとは言え、まだまだこの人の多さに慣れないのか
 りっちゃんは擦れ違う人を睨むように観察していた。
 そうしていて、食料露店街へ差し掛かった時。
「やっぱりソウルリンカーね、間違い無いわ」
「はぁ?」
「何が?りっちゃん」
「ううん、こっちの事。気にしないで」
 笑顔でかわされたけど・・・。
 呟かれた台詞は何か念のようなモノが篭っていたような気がした。
 なんか怖いから言われた通り気にしないでおこう。
「あら?瑠玖さんに・・・海月ちゃん?」
 三者三様、何処がいいかなーと店を選んで居たら。
 聞き覚えのある声に呼び止められた。
 声のした方に振り向いたら、お洒落なパスタカフェに由伊さんの姿。
 決して嫌いな訳じゃない。
 この人には蓮と華楠がお世話になってるし、俺自身もアサシンクロスとはなんたるか!とか
 色々話を聞かせて貰ったりした、大先輩。
 だけど。
 だけど、今この時は会いたく無かったなぁ!
「あらあら?何してるのー?3ぐふぇっ」
「真っ昼間っから卑猥な事を口にすな、この腐れアサシンがっ」
「あぁん、愛の制裁っ・・・」
 俺には由伊さんが何を言いかけたのか良く分からなかったんだけど、
 瑠玖には何だか分かったらしく、彼が言い切る前に顔面に蹴りを食らわせた。
 瑠玖も思い切り蹴った訳じゃないと思うけど、由伊さんも由伊さんで
 椅子に座ったまま身体を仰け反らせるだけだった。
 この人は見かけに寄らず鍛えてるからなぁ・・・ちょっとやそっとじゃ怯まないんだろうな。
 多分、普通の人。
 例えば蹴られた相手が蓮だったとしたら、ちょっとした大惨事になってたと思う。
 ここのカフェ。
「俺とお前の間の何処に『愛』があんねん」
「あら、そういえば無かったわね。やーね」
 ケロっとして由伊さんは笑う。
 そんな瑠玖と由伊さんの遣り取りを見ていたりっちゃんが口を開く。
「海月ちゃん、あのアサシンクロスさんは?どなた?」
「あぁ、うん。知り合い。ちょっと変わってるけど、悪い人じゃないよ」
「お兄様に、愛とかなんとか・・・」
「あぁ、それはさっ冗談だよ?二人共男だし・・・ね?」
「そう、そうよね?」
 あぁ・・・これで俺と瑠玖の関係はりっちゃんに言えなくなったなぁ。
 まぁ、敢えて言う程の事でも無いからいいんだけど。
「なぁ?飯ここにせぇへんか?さすがに俺限界やわ」
 続けて、もうだめーむりー、と力無く言って瑠玖は由伊さんの隣に腰掛けると
 店員さんから水とメニューを貰っていた。
 パスタか。大盛りとかあるかなぁ。
 俺は瑠玖の向かいに、りっちゃんは由伊さんの向かいに座る。
 りっちゃんはこの店が気に入ったみたいで、店内を見回して居た。
「なぁに?初めて来たの?」
「え?私?」
「そうよ、アナタよ」
 コーヒーらしき液体の入ったカップを傾けながら由伊さんは笑う。
 その姿は男の癖に優雅で品があって・・・指の先まで実に女らしい。
 さすがオカマとしか褒め言葉が浮かばない。
 本人の前では絶対言わないけど。
「アタシが見た所だと・・・そうねぇ。まだ間もない感じねぇ?」
「え?やだぁ、一緒にしないで下さい」
 瑠玖と二人、メニューを見て店員さんに注文しつつ二人の様子を伺っていた。
 何か・・・何かとてつもなく嫌な予感がするんだけど。
 俺だけかな・・・?
 瑠玖はこんな二人の様子に気が付かずに、悠長にタバコを燻らせ始めた。
 マイペースなのはいい事だけど。
 今まさに、自分の弟が地雷を踏むかもしれないって言うのくらい、せめて気付いて!
「私はただ女の子の服が可愛くて好きなだけで、あなたとは違いますよ?」
「そうかしら?アタシも女の子の服可愛くて好きだけど、アナタと何が違うって言うのかしらね?」
 二人共笑顔だ。
 でも、目が笑ってない。
 ぞっとした冷たいモノが背筋を駆け上った。
 身を乗り出して瑠玖を手招きする。
「ん?なんや」
 瑠玖はまだ隣の二人に気が付かずに、俺が呼ぶまま身を乗り出して来た。
 ぎゅっと法衣の襟を引っ張って耳元に口を寄せる。
「なになになに?」
「気付かないの?隣っ二人がなんかヤバイ雰囲気だよ?」
「んん?」
 何を言ってるんだと言いだげな表情をしながらも、二人へ視線を向けた瑠玖。
 途端。
 顔色が変わった。ようやく事態を把握してくれた。
「やばいやんけ!何でもっと早く言わへんねん!?」
「瑠玖が気付かないのがおかしいんでしょ!?」
「や、俺らが言い合っとる場合違うわ。二人の会話をなんとか止めなあかんわ」
「・・・うん」
 襟を掴む手を離し、俺達はお互い椅子に座り直す。
 そして、二人の様子を伺い。なんとか会話に入ろうとするんだけど・・・。
「根本から違うんじゃないですかね?私は別に男は好きじゃないですし」
「あら、恋愛に性別は関係無いわよ?ねぇ?」
 何で由伊さん俺を見るのかなぁ!
「どうして海月ちゃんに同意を求めようとするんです?海月ちゃんは確かに可愛いですけど
 あなたとは違う世界の人間ですよ」
 うん・・・確かに世界は違うけど・・・。
 ごめんね、りっちゃん。
「そうねぇ。言われてみれば確かに違う世界だったわね」
「そうでしょう?男として生まれた癖に女になりたいなんて、そんなの通用する訳ないんですよ」
 口パクで瑠玖が「お前が言うんかい」とりっちゃんに突っ込んでいる。
「あら、アタシがいつ女になりたいなんて言ったかしらね。アタシはこの姿のままで十分満足してるけれど?」
「それで満足?中途半端じゃないですか」
「あらあら、中途半端が可愛らしい服を着て歩いているような子にそんな事言われたくないわねぇ」
 由伊さんが口元に手を当てて、喉の奥で笑うようないやらしい笑い方をした時だった。
 ぶちん、と何かが切れるような音が重なって耳に響いた。
 隣のりっちゃんと目の前の瑠玖が、同じタイミングで立ち上がった。
 どうやらさっきの音は二人の堪忍袋の尾が切れた音だったらしい。
 りっちゃんは言われた事に対して。
 瑠玖はこんなりっちゃんでも、可愛がって来た弟が言われた事に対して。
 ・・・だと、思う。
 りっちゃんが怒るのは想定内だったみたいな由伊さんだったけど、
 まさか瑠玖が怒るとは思って無かったみたいで。
 ちょっと目を見開いて驚いてる。
「あら?どうしたのよ、瑠玖さんまで」
「・・・黙って聞いてりゃ言いたい放題言いくさりおって」
「私を侮辱するならまだしも、可愛い服まで侮辱するような事言いやがって・・・」
 あぁ、嫌な予感。
『ええ加減にせぇよっこのオカマがぁっ!!』
 さすが兄弟と言うべきか。
 綺麗にハモった怒鳴り声。
 それはこれから始まる地獄への引き金。
「お待たせ致しましたー。カルボナーラとミートソースになりますっ」
「あのぅ、それってお持ち帰りとか出来ますか・・・?」
「はい?」
 せめてこの店員さんだけでも守ろう。
 そう思って俺はお皿を持ったままの店員さんを抱きかかえて厨房の方へ逃げ込んだ。
 厨房って言っても露店だから室内じゃないけどね。
 お願いだから、お店だけは壊さないでね、三人共・・・。
「・・・、・・・だ」
「あぁん?」
「聞こえへんぞ、はっきり言えや!」
「・・・っ今オカマつったのどいつだゴルァアアアァアアァアアァアァアア!!!」
 いつもの由伊さんの作りオカマ声じゃない、地声の怒声が響き渡る。
 それに驚いて厨房の店員さんが鍋を取り落としたり、お店に居たお客さんが散り散りに逃げたりした。
 暴走した由伊さんに、殴りだけどハイプリーストの瑠玖とテコンガールのりっちゃんが敵う筈は無いと思うけど。
 その二人も切れてるから、止めようが無い。
 出来る事と言えば、せめてお店を壊さないように・・・。
 抱えてた店員さんを床に降ろして、厨房から飛び出した。
 今にも取っ組み合いになりそうな三人、いや、瑠玖に向かって叫ぶ。
「瑠玖!ポタで飛ばせっ!!」
 俺の声が聞こえたらしい瑠玖は俺に向かって親指を立て。  口早に呪文を紡ぐと自分達の足元に向かって両手を広げた。

 ワープポータル!!

 三人の足元に広がる魔方陣。
 立ち上った光の柱に吸い込まれるようにして、三人の姿はその場から掻き消えてしまった。
「あ・・・れ・・・?」
 残された俺は一人首を傾げる。
 俺が叫んだのは、由伊さんを飛ばせって意味だったんだけど。
 まさか自分達も飛んで行くとは思わなかった。
 まぁ・・・いいか。
「あの・・・何だったんですか?」
「喧嘩です喧嘩。仲間同士の他愛も無い喧嘩です」
 パスタを運んで来てくれた店員さんにそう言って、俺は一人少し遅くなった昼ご飯。
 一人になるのは余り好きじゃないけど、喧騒の後の一人は落ち着いてちょっといいかも。
『海月!!今ったまり場に怒り狂った瑠玖と知らないアサクロとテコンが飛んで来やがったんだけどっ?!』
『そうそう!たまり場の真ん中で三人で取っ組み合い始めちゃってどうしたらいいか・・・』
『えーたがAFK中なんですけど、巻き込まれないですかね?』
『その時はその時と言う事で』
『え?何これ?何これぇ?』
『えーたくん、逃げてええええ!!!』
「げほっげほっ」
 一気にギルドチャットが飛んで来て、思わずパスタを吹いた。
 落ち着こうと思って水を飲んだら気管に入った。
 ・・・瑠玖、よりにもよってたまり場ポタ出したのか。
『応答せよーっ海月くん!応答せよーっ!!』
『ごほっ・・・ご、ごめん。今行くから』
 口の中に詰め込めるだけ詰め込んで、テーブルにお金を置いて店を出た。
 倉庫寄って、毒瓶持って行くべきかな、こりゃ・・・。



 後日談。
 俺がたまり場に着く頃には、ギルドのメンバー含め壊滅状態だった。
 そして、周りに敵が居なくなった由伊さんは、自分が蹴散らした人達の中心で
 何が起こったのか分からないといった表情をして座り込んで居た。
 耳打ちで蓮を呼び出して、メンバーとりっちゃん、瑠玖を回復して貰ってから
 由伊さんに、りっちゃんは瑠玖の弟・・・いや、妹?である事。
 りっちゃんには、由伊さんの目の前で本人の事をオカマとは言ってはいけない事を伝えた。
 由伊さんは由伊さんで、蓮に久し振りに会ったらしく。
 もうりっちゃんの事など気にも留めず蓮を追い回していて、そのまま何処かへ行ってしまい。
 回復したメンバーは、瑠玖の兄弟だと言うりっちゃんに興味を示し
 りっちゃんは晴れてギルドメンバーになった。

 と言う訳で。
「お兄様ぁ」
「・・・なんでお前にまでそう呼ばれなあかんねんっキサラっ」
「何でも何も、面白いから!」
「俺は面白くないんじゃ、ボケー!」
「きゃあああ、お兄様およしになってー」
 りっちゃんが加入した事により、ギルド内もより濃密になったとかならないとか・・・。
 楽しければそれでいいよね?きっと。


 終。


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 いつぞやにどこぞにうpしてたのを発見。
 なんか面白いのであげてみる。面白いと思うのは私のみだと思うけど。
 少しでもニヤニヤとして頂けたらと思うが、難しかろう。
 20100528に書いたらしい。遺物や。
   






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