プリとAXのお話。
三人で陣形を取り、怨霊武士へと身を向ける。
華楠、俺、海月。と言う立ち位置。
丁度真ん中にサンクを張れば、二人が入る感じの位置だ。
基本支援を掛け直して、身構える。
先制攻撃は怨霊武士。
やっぱり遠距離攻撃なのか、何か飛んできた。
受けたのは俺。体力をごっそりと持って行かれる。
倒れる前にヒールヒール。危ねぇ。
「大丈夫?蓮!」
「おぅ、問題ねぇ。気にしねぇで、お前ら行ってやれ」
サンクチュアリ!!
とりあえずサンクを張ってと。
俺の声に二人は顔を見合わせて毒瓶の蓋を開けた。
一瞬だけ躊躇ったように見えたけど、一気に飲み干した。
途端。
「うおおあああああああああっ!!」
「ああああああああああっ!!」
二人は苦しそうな唸り声を上げて身体を反らした。
これが副作用かと思った。
このまま倒れてしまいやしないだろうかと。
だが、少しの後それは治まり。
「!」
俺の方を振り向いた二人の目は、血のように真っ赤に染まっていた。
普段の、元の瞳の色がどんなだったか思い出せないくらい真っ赤に。
狂気、と言うのはこう言うものだろうか。
背筋に冷たいモノが走って、無意識に飲み込んだ唾液でゴクリと喉が鳴る。
それを見てかは分らないが、二人はにやりと薄ら笑いを浮かべた。
そして。
「行くよ」
ハモるように言って、床を蹴り。
咆哮とも思える声を上げながら怨霊武士に向かって行った。
取り巻きのカブキ忍者には見向きもせずに。
怨霊武士にのみ斬り付ける。
俺は、被弾する二人にヒールをかけながら。
基本支援を回し、サンクを張り。
返り討ちに合って床に激突するのをリザで起こしたりで。
フル稼働だった。久し振りにこんなに動いた気がする。
二人も毒瓶1本では間に合わず、2本、3本と床に瓶を投げ捨てては咆哮を上げて
怨霊武士へまた斬りかかって行く。
交わす言葉はない。二人は狂気。俺は必死。
正に殺るか殺られるか、だった。
ちょっとMVP討伐ってのはまずかったかな、なんて思った時。
海月が怨霊武士の首を吹っ飛ばした。
海月の冒険者証があるだろう場所辺りに「MVP」の文字が浮かび上がる。
倒した・・・、倒したんだ。
気が付けば魔法力は尽きかけて居て、その場に腰を下ろしたかったけど
ここはダンジョン内でボスは倒したが、他のモンスターは普通にうろちょろしてる訳で。
攻撃が出来る華楠と海月は毒瓶の効果が切れたのか、ぐったりと座り込んでしまっている。
戻ろう。
「華楠、海月。ちょっと辛いと思うけど、立って。ポタ出すから」
さっきとは違う虚ろな目で俺を見上げた二人は、微かに頷いてふらりと立ち上がった。
目の色は元に戻っていた。華楠はいつもの薄茶色。海月は薄青色。
なんだかほっとする。
あれがアサシンクロスの本当の姿なんだとしたら。
相当怖いな。由伊が鬼のよう、とか言われてるのも納得が行く。
ワープポータル!!
魔方陣の中心に出来た光の柱。
そこへ二人をなんとか入らせて、俺も続いた。
目的だったMVP討伐は果たせたけど、なんだか後味悪いなぁ。
思い付いた時は本当に軽い気持ちだった。
ボスも狩った事無かったし、きっと楽しいと思ってた。
だけど、あんな状態になった二人を見てしまうと・・・。
瑠玖さん一緒に呼ばなくて良かったな、ホント。
後で怒られるだろうとは思うけど、海月のあんな姿。
瑠玖さんは見ない方がいいと思う。
「大丈夫か?海月」
「あぁ・・・うん」
プロンテラに着くと、もう大分日も落ちていた。
結構長い間怨霊武士と戦ってたんだなぁ。
今思い出すと凄く早く終わったような気がしないでもないんだけど。
華楠と海月はふらふらで、今にも倒れてしまいそうだった。
とりあえず、ポタで降り立った所で、二人に手を貸して立っている。
「家まで送ろうか?」
「・・・いや、だいじょぶ。ひとりで帰れるから」
言うと海月はふらふらと、自分の家のある方向へと歩いて行った。
無理にでも送っていくべきかと思ったけども、華楠の方も心配だったので
とりあえず姿が見えなくなるまで見送って。
「華楠、歩くぞ」
「・・・うん」
ほぼ抱えるようにして華楠を連れて歩いた。
どうしようか迷ったんだけど、どうにも具合が悪いみたいだったから
勝手の利く自分の家に連れて帰った。
ドアを開けて入ろうとした途端。
「ちょっとぉ・・・違う」
「え?」
華楠が必死に玄関の壁を掴んで、部屋に入るのを拒む。
朦朧とした意識でも、自分の家じゃないって分るんだろうか。
「私の家じゃないじゃない」
「うん、俺ん家だけど」
言うと、華楠は視点が定まらないながらも、キっと俺を睨んだ。
なんだか酔っ払いに絡まれているような気分になってくる。
「私がこんななのに浸け込んで、自分ん家に連れ込もうって魂胆?」
「ばっ違うよ」
そうしてしまえたらどんなに楽だろうか、と思う。
だけどな、華楠。
俺、それが出来ないくらいお前に惚れてんのよ。
「お前がこんなんだからこそ、こっちに連れて来たんだろうが。看病すんでも勝手利くだろ」
華楠の目が、ホントに?とまだ疑っている。
こいつは・・・ホントに俺の事信用してないヤツだなぁ。
どうしたら何もしないと理解してくれるんだろうか。
「何もしねぇから」
「据え膳食わぬは男の恥」
「・・・」
自分から何を言い出すのか、こいつは。
なんだろうか、して欲しいのか?何か。
「恥でいいから。とりあえず入れって。そして寝ろ。がくがくだぞ、お前」
「・・・何かしたら毒瓶飲ますから」
「はいはい」
最初からそう言えっての。
死にたくないから何もしません、はい。
やっと壁から手を離した華楠は、大人しく俺に連れられるがまま。
ベッドへと腰を下ろし、ようやく横になった。
やれやれ。
「なんか食うもん作ってやるから。何かあったら呼べよ」
言って、ベッドサイドを離れようとしたら。
袖を掴まれた。
手に力が余り入らないのか、振り払おうと思えば出来るくらいの力だけど。
「どしたよ?」
「ここに居なさいよ」
いつもの命令口調で。でも目線は下に下げて言う。
もしかして照れてんのか?
「でも、腹減ってるだろ?俺もなんか食いたいし。すぐ出来るもん作るからさ」
言い聞かせて手を外そうとしたら、さっきよりは少し強い力で握り直された。
そして、今度はしっかりと目を合わせて来る。
下から見上げられる事って、そういえば滅多に無い。
だから不覚を突かれた。ドキっとした。
「居てってば」
「なんだよ、どうしたんだよ」
「分んないけど・・・居て欲しいの」
音がした。
言葉にするなら、ズキューン、だ。
心臓を何かに打ち抜かれた気分だ。
今まで華楠と一緒に居て、こんな可愛い事言われた事あったかな。
いつもどっか高圧的で機嫌悪いような感じ。
俺からの一目惚れでアタックしまくって、やっとOK貰えて付き合って貰える事にはなったけど。
そこら辺の恋人みたいな付き合いは無かった。
手を繋いだ事も寄り添って座ったりした事も。二人きりで出掛けるのはもっぱら狩りばかりだった。
俺は狩りだけの相方なのかなって思って、狩りを一切拒否したら引っ込み付かなくなって、
華楠は一人で転生しちゃったけど・・・。
まぁ、そのお陰ってかなんて言うか。
壁の報酬をキスにしてたからか、華楠から一回だけキスして貰えたんだけど。
恋人らしい事ってそれっ切りだったよなぁ。
今、これは。俺に甘えてくれてるって取ってもいいんだよな。
「わかったよ」
俺はベッドの端に腰掛けると、袖を掴んで居る華楠の手をそっと解いて。
優しく握ってみた。
一瞬だけ手を引いたけど、それだけで。
華楠はそのまま大人しく俺に手を握られて居た。
なんだか凄く久し振りに触った気がする。華楠の手。
いつも短剣を握っているからマメが出来てるかなと思いきや、そうでもなく。
女の子らしい、柔らかい手。指も細いし、肌だってきめ細かい。
ちょっと撫でたくなったけど、それは殺されそうだから思いとどまった。
少し、熱いかな。体温。
「蓮の手・・・冷たい」
「華楠の手が熱いんだよ。熱無いか?」
由伊の言っていた副作用を思い出す。
あいつは副作用が出ると言っただけで、どんなものが出るとは言って無かった。
なんだっけ?出てみないとわかんないって言ってたんだっけか。
今の華楠の体温が高い状態が副作用なんだろうか。
空いてる方の手で華楠のおでこを触ってみる。
「っ」
「な、何?!」
おでこを触っただけなのに、華楠が身体を跳ねさせたもんだから。
俺もびっくりして思わず手を引っ込めてしまった。
少し触っただけだけど・・・熱かったなぁ。
やっぱ発熱かな、副作用。
「ごめん。びっくりしちゃって」
「お、おぅ。俺もびっくりした」
心臓がバクバク言ってる。
間違っても襲わないようにしなければ。
待っているのは毒瓶。死にたくない死にたくない。
「熱いわ、お前。熱あるみたいだぜ。冷やすか」
「ううん。それより寒いよ」
「え・・・?」
言い終わるか終わらないかの内に。
いつの間に擦り抜けたのか、掴んでいた華楠の手が俺の腕を引っ張って。
バランスを崩した俺の身体は布団の上からだけど、華楠の上に覆い被さって居た。
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