騎士とケミのお話。
それまで特に何も無かった自分の毎日が急に色付き、目まぐるしく変化した。
毎日のように絢音が耳打ちをくれるようになったのだ。
会話は他愛も無い事。
今日の彼女の露店の売れ行きや、他の店で見つけた物の話。
私は彼女には自分の好きな物の事を話す事が出来た。
絢音はすんなりとそれを受け入れてくれ、何処の露店で可愛い物が売っていたかなども教えてくれた。
そして私はよく絢音の露店へと足を運ぶようになっていた。
「莉煌さん、ヒュッケの猫耳買いました?」
「ああ、買った」
「装備はしないんですか?」
「私がしても似合わない。私は持っているだけでいいんだ」
「もぅ、装備してみたらいいのに」
お揃いなのになーと言う絢音の頭の上では、そのヒュッケの猫耳が前後に動いている。
確かに、お揃いになる。想像してみると嬉しかったが、実際にそうなるとなんだか気恥ずかしかった。
実は、宿に戻ってから一度だけ装備をしてみた。
自分の頭の上で動く猫耳を鏡で見て、うっとりとしたがやはり自分では似合わないと思いすぐに外したのだ。
これは絢音が装備しているから似合っていて可愛いのだと思う。
「そういえば、昨日G狩りがあったんですよ」
「G狩り?」
「あ、ギルドのみんなで行く大勢での狩りの事です」
なるほど、と思い頷いて見せる。
私は狩りは殆どソロだったので、大勢での狩りの経験は無い。
だから想像してみるとなかなか面白そうだった。
ギルドのメンバーとならば、気兼ね無く行けるだろうし楽しかったのではないかと思う。
しかし、違ったようだ。
絢音の顔は少しだけ曇っていた。
「私、弱いからちっとも役に立たなくて・・・。荷物持ちだけでも頑張ろうと思ったんですけど、気が付いたら倒れてて」
荷物持ちも満足に出来なかったんです。と絢音は苦笑する。
多分、あのギルドのメンバーの事だから、気にするなと絢音に言っただろうが。
こうして絢音が零すと言う事は絢音自身は気にしていると言う事だ。
ギルドのメンバーに心配されるのも気を遣われるのも、申し訳無いと思っているのではないだろうか。
なんとかして自信をつけてやれる事は出来ないものか。
少し考えてみたが、思い付くのは一つしか無かった。
「絢音、レベルはいくつだ?」
「え?ええと・・・67です」
「私は76だ。公平が組めるな」
「そ、そうですね・・・?」
私の突然の台詞に何がなんだか分らないと言った顔の絢音。
戦馬鹿な私にはこれしか思い付かなかったのだ。
非力でもいい。戦闘を経験して経験値を上げればおのずと自信は沸いて来るモノだと私は思っている。
「私と狩りに行かないか?私も狩りではソロだ。相方が居た方が楽しく狩れる」
「相、方・・・?」
「そうだ」
「えっ?私が莉煌さんの相方ですか?!」
相当驚いたらしい。
座って露店をしていた絢音は立ち上がる。
私の傍らに居たセイロンがそれに驚いたように数歩後ずさった。
カートの中で眠っていたとろりも目を覚まし、何事かと主人を見ている。
「私では嫌か?」
「いえ、嫌とかじゃなくて・・・」
絢音は腰を下ろすと、視線を下に向けて俯いた。
何かを考えているようなので、黙って待ってみる事にする。
暫くした後。
顔を上げて絢音はこちらを向いた。
「私で役に立ちますか?」
その顔は、弱いのに。と言っている。
私は不安そうな顔をした絢音の頭を撫でてやった。
「役に立つかどうかではない。やる気だ。私と一緒に狩りに行ってくれるかどうか。絢音のやる気の問題だよ」
「やる気・・・」
呟いた絢音は、暫く何か考えた様子で。
そして、決心したように頷いた。
カートの中のとろりを私の膝へ寄越すと、テキパキと露店していた品物を片付けに入る。
「絢音ちゃん、今日の露店もう終わっちゃうの?」
「ごめんなさい、用事が出来たので」
品物を見ていた客にそう告げると、片付け終わったらしく私へと振り向いた。
私に抱かれて居るのが心地悪かったのか、とろりはささっと主人の足元へ。
私を見る絢音の目は真剣だった。
「やります!私、莉煌さんの相方になります」
「そうか。ありがとう」
そうと決まれば話は早い。
さっそく何処へ狩りに出掛けようかと相談をして、狩場を決めた。
行き先はオーク村。
絢音はオークウォーリアのカードを欲しがって居たし、この間のリベンジにもなる。
オークロードが居たら、またセイロンに乗って逃げればいい。
また、村に飽きたらダンジョンもある。
ゆっくりと気分転換をしながら狩るのには打って付けではないだろうか。
装備を整えてカプラサービスで移動する。
「絢音、焦らなくていいからな。私が盾になってやる」
「はい、わかりました。危なくなったら白ポーション投げますね」
腰にサーベルを携えた絢音が白ポーション片手に笑って見せた。
ポーションピッチャーか。頼もしいな、と思った。
始めは少し焦っていた絢音だったが、数をこなすにつれて段々と慣れて来た様子だった。
それと比例してレベルも上がって行き、最近はオークダンジョンに篭っていた。
とろりも私とセイロンに慣れてくれ、誤発射のボルト攻撃も無くなった。
今日は昼前から狩りに出掛けて来て居たので、昼休憩を取っていた。
絢音がお弁当を作って来たと言うので、有難くそれを戴いた。
女の子らしい、可愛らしいお弁当だった。
サンドイッチなのだが、一口サイズなのだ。
「美味しいですか?」
「ああ、私はこのような事がどうも苦手でな。尊敬するよ」
「そんな、尊敬だなんて。練習すれば出来るようになりますよ!」
「・・・教えてくれるか?」
「喜んで!」
食事をする我々を羨ましそうにとろりが眺めて居た。
こいつも腹を空かして居たのだろう。
「絢音、とろりも腹が空いているようだぞ」
「あ、ホントだ。・・・莉煌さん、ご飯あげてみます?」
セルーを渡される。
どうやらこれがとろりのエサらしい。
面白いモノを食べるのだな、と思って眺めていると足元にとろりが寄って来て、私の手を見上げて涎を垂らして居た。
噛み付かれやしないだろうか、と思いながらそっと差し出してみる。
一瞬、私の手の匂いを嗅いだとろりだったが。
そのままぱくりとセルーを飲み込み、嬉しそうに手に擦り寄って見せた。
「あ、食べたー」
絢音が嬉しそうに拍手をする。
どうやらとろりは私に心を開いてくれたらしく、私の目の前で飛び跳ねて見せる。
結局は主人の元へと戻って行くのだが、なんだか嬉しかった。
「セイロンは何を食べるんですか?」
「セイロンか?あいつは何でも食べるよ」
「何でも・・・?」
何処か怯えたような表情をする絢音。
何か言い方がまずかっただろうか。
「野菜でも果物でも、と言う意味だ。無差別に何でもではないぞ」
「あぁ、よかった。とろりも食べられちゃうかと」
「それは無いから安心しろ」
当のセイロンは今は外で食事中だった。外は草原なので草を食べさせて居る。
好物はリンゴなので、プロンテラに戻ったらリンゴを買って食べさせてやろう。
我々の食事も終わり、休憩も十分に取ったので狩りを再開する事にする。
絢音がお弁当を片付けている間に外へセイロンを呼びに行き、カプラサービスへ行ってアイテム補充をする。
「先程ウィザードが通ったからな。沸いているかもしれん。気を付けよう」
「はい!」
ダンジョンの中へと進む。
何度も来ている場所だが、薄暗く湿っぽい所だ。
敵は主にオークスケルトンとオークゾンビ。
マジシャンやレベルの低いウィザードや、低レベルのパーティなども良く来る狩場だ。
絢音と来るようになって知ったのだが、最近ではホムンクルスのレベル上げをするアルケミストも居るらしい。
定位置に居て、近くに沸いたモンスターをホムンクルスが狩ると言う狩り方、だが。
やはり、ウィザードが沢山のモンスターを一度に倒しているようで、かたまって沸いているのが見えた。
先走らないように近付いてターゲットを取る。
ブランディッシュスピアで一網打尽にしてしまってもいいのだが、それだと絢音が攻撃出来ないので
ピアースで1体ずつ確実に仕留めて行く。
絢音も1体ずつ攻撃し、とろりもボルト攻撃で共闘する。
いつものようにそうして狩っていると、前方から沢山のモンスターを引き連れて逃げて来る人影が見えた。
その姿は男のマジシャンだったが、彼は私の目の前まで来て「もうだめだ」と呟いたかと思うと。
あろう事か、ハエの羽を千切り何処かへ飛んで行ってしまったのだ。
当然彼がここまで連れて来た多数のモンスターが私へと向かって来る。
いけない、数が多すぎる。
「絢音!下がれっ」
「えっ?」
咄嗟に指示を出したが、絢音は反応が一拍遅れてしまった。
くそう、騎士団の部下達のようにいかないのは当然か。
あっと言う間に取り囲まれる。
出来るだけ絢音が被弾しないよう、背中に攻撃を受けながら絢音側のモンスターをブランディッシュスピアで蹴散らし。
とろりのボルト攻撃に共闘を貰いながら、今度は背後のモンスター共と対峙する。
絢音はこんな数のモンスターに囲まれた事が無かったので、驚いてしまったのかパニックになってしまったのか。
固まったまま動こうとはしない。
敵の数が多いので勿論被弾も多い。回復剤を連鎖するように使用していたら、とうとう最後の一つになった。
このままではいけない。槍を握る手に力を込めて再度ブランディッシュスピアをお見舞いする。
「絢音っ!逃げろっダンジョンから出るんだ!」
「で、でもっ莉煌さんが」
私の叫んだ声で我に返ったのか、ポーションピッチャーが飛んできた。
体力がぐんと回復する。だが、スキルを使う力がほぼ残っておらず残ったモンスターを倒すのには槍で突くしかなかった。
何とも不甲斐ない事だ。
囲まれたモンスターは粗方片付けられたが、次から次へと沸いてくるモンスターを蹴散らす事が出来ない。
そうしている内に私はまた周りをモンスターに囲まれ、その攻撃に次々に被弾した。
そこへ。
カートレボリューション!!
絢音がカートを振り回しながら突進して来たのだ。
私に集まっていたモンスター達がノックバックして飛散する。
途端身体の力が抜けて私はセイロンの背中から地面へと落下した。
意識を手放さなかったのだけが救いだった。
少し離れた所で、絢音が懸命に戦っているのが見える。
見違えたな、と思う。
最初は自分はとても弱いと悲観していて、攻撃をするのも何をするのも全て私の後ろからだったのに。
そんな絢音が今、一人でオークダンジョンのモンスターと闘っている。
そろそろ卒業だな、ここも。
「莉煌さん、大丈夫ですか!?」
「ああ、心配ない」
口ではそうは言ったが実際の所、立つのがやっとだった。
絢音も体力をかなり消耗しているようで、ふらふらだった。
そこへプリーストが通りかかった。
絢音の顔見知りなのか、絢音を見て驚いた顔をしている。
「あやねん、こんなトコで会うなんてびっくりー」
「蓮さん!すみません、少し助けて下さい」
蓮と呼ばれたプリーストは1次職の少女を連れて居たが、絢音の必死の頼みにうん、と頷いて
私の肩を支えながら歩いてダンジョンを出てくれた。
サンクチュアリ!!
地面に癒しの床が広がる。
その中で壁に凭れかかりながら私と絢音は座っていた。
徐々に身体の傷が癒えて行くのが分る。
プリーストは特に何があったのかは聞かず、無事でよかったねーと絢音に言った。
「でもあれ何て言うんですか?押し付け?」
「そうだな。まぁそう言うのだろうな」
「酷いですね。あんな事する人居るなんて」
「男のマジシャンじゃない?それ」
何、と話をしていた訳では無いのにプリーストは察しがついたらしく、件の犯人とも言える人物の事を
ずばりと当てて来た。どうやら、あのマジシャンは似たような事を何度も犯しているらしい。
「ファイヤーウォールの縦置きが上手く出来ないみたいで、トレインになっちゃってね?
それでそれをずっとひっぱって歩いては飛ぶっていう。迷惑ちゃんなんだ」
確かに迷惑な話だ。
飛び逃げするのは構わないがせめて人が居ない場所でして欲しいモノだ。
思わず溜息をつく。
「今度見かけたら俺が叱っておくから。うちのギルドの可愛い子が怪我したんだぞ!って」
言ってから私を見て、「太もも美人さんも」と付け加えた。
太もも美人?!
私の事だろうか・・・。思わずスカートの裾を下へと引っ張り脚を隠そうと試みる。
そもそも騎士のこの正装は何故、こんなにもスカートが短いのだろう。
「蓮さん。お願いがあるんですけど」
「なぁに?」
「私が莉煌さんと狩りをしてる事、ギルドの人達には言わないで欲しいんです」
不思議そうに首を傾げ、私と絢音を交互に見遣るプリーストだったが、わかったと頷いた。
そして、1次職の少女に急かされて立ち上がる。
私は心中穏やかでは無かった。
絢音は何故秘密にして欲しいと彼に言ったのだろうか。
そればかりが頭の中を支配する。
「じゃあ、俺行くね。莉煌、さん。あやねんをよろしくー」
ひらひらと手を振って彼は1次職の少女に背中を押されながらダンジョンへと消えて行った。
彼が居なくなり、辺りはしんと静まり返る。
私は絢音に身体を向けて口を開いた。
「絢音。何故、彼に私の事を秘密にと?」
「それは・・・」
口篭る絢音。何か言葉を事を探しているのか、言いたい事が言えないのか。
そのような感じを受けた。
「私と一緒に居る事が恥ずかしいのか?」
私は騎士団から脱退した身。
言わば落ちぶれた騎士だ。恥ずかしいと思われたとしても仕方無いとは思っている。
だが、絢音にそう思われていると想像するととても悲しかった。
「違います!そんな訳ないじゃないですかっ」
拳を握り締めて力一杯絢音は応えた。
「ならば、何故なんだ。教えてくれ」
絢音の方へ身を乗り出して懇願するように口にしていた。
自分でも何故そうしたのか分らなかったが、どうしても教えて欲しかったのだ。
絢音は俯いて暫く黙っていたが、意を決したように顔を上げると私の目を真っ直ぐに見て口を開いた。
「誰にも教えたくないんです。莉煌さんの事。独り占めしてたいんです」
言いながら、絢音は照れたように頬を染めた。
その笑顔に何故だかドキっとする。
「とても強くてカッコイイ莉煌さんですけど、可愛い所も沢山あって。私そんな莉煌さんが大好きで。
なんだか嫌なんです。人に教えるの」
なんか変な事言ってますか?私、と言いながら絢音はまた照れたような顔をする。
私は絢音が言葉にした「大好き」と言うフレーズが頭から離れなかった。
何故だろう。妙に鼓動が早くて、呼吸がし難い。顔も熱い。これは私も赤くなっているのだろうか。
「人に教えたら多分、莉煌さん人気者になっちゃって。そうしたら、多分私は傍に居られないと思うので。だから傍に居たいので、秘密に」
口元に人差し指を当てる絢音。
その仕草がいつもよりも数倍可愛らしく見えた。
思わず抱き締めたい衝動に駆られたが、それはなんとか我慢する。
いきなり抱き締めてしまうのはおかしい。
「何を言っている。絢音は私の相方だろう。いつでも傍に居るぞ」
もっと気の利いた事が言えたら良かったのだが。
例えば、絢音の言ってくれたように「好き」だとか。
私も絢音の事は好きだ。可愛いし、優しいし。女の子らしい所を見習いたいと思う。
けれど何か。何かが違う気がして口に出来なかった。
言葉の意味と自分の気持ちにいくらか差異がある気がする。
それを上手く言葉に出来ないので伝えられないのだ。
困ったな。
だが、傍に居たいと思うのは一緒なのでそれは伝えられたと思う。
多分。
「でも、ギルドは入ってくれないんですよね?」
「ああ、ギルドは今は勘弁だ。すまないな」
「そうですよねぇ」
しょんぼりと頭を下げる絢音。その頭を丁寧に撫でてやる。
しばらくされるがままでいた絢音は、ぽんと手を打った。
「莉煌さん、今宿屋で暮らしてるんですよね?」
「ああ、そうだが?」
「家に来ませんか?何か私独り暮らしなのに、家広くって。・・・よかったら、ですけど」
強気で来たかと思ったら、最後に弱気になる。
それが可愛らしくて思わず笑ってしまった。
「どうして笑うんですかー?私やっぱり変な事言ってます?」
「いや、そんな事はないよ。ただ、可愛いなと思ってね」
絢音は「可愛い」と呟いて、顔を真っ赤にした。
どうしたらいいのやら。そんな真っ赤な顔も可愛らしいじゃないか。
「実はそろそろ宿生活にも飽きて居た所なんだ。絢音さえ良かったら、セイロン共々よろしくお願いしたい」
「・・・はい!大歓迎します!!」
きゃーやったー!と叫んだ絢音は、私に抱き付いて来た。
ふわっと甘い香りが鼻をくすぐる。
思わずその首筋に顔を埋めて居た。
野良のままだが。二人と二匹での新しい生活のスタート。
自分の心の中で始まった何か分らない感情を抱きながら、私は大切なモノを守っていく決意をした。
終。
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短いよぉ。短いってばよぉ。
BLに比べると短くなってしまうのは一体何故なのか。愛はあるはずなんです。愛は。
あれですかね。まだ何も始まってないからですかね。そもそも付き合ってないですからね、この二人。
にぶちん過ぎてお互い自分の気持ちにすら気付いてなくて、でも惹かれ合ってるみたいな。みたいなね?
なんかそんなのを書いてみたかったんですよ。みたかった。うん、みたかった・・・orz
そうなってるかどうかはまた別の話でさー・・・。ああああああああああああああああ。
出してみたら意外と絢音が積極的でした。よく喋る喋る。控えめ?引っ込み思案?うそぉ?みたいな。
莉煌の方は男前な感じになってたらいいんだけどなぁ。どうかなぁ。
書いてて途中で、あれ?男だっけ?とか自分で思う時もあったので、多分なってると思うのですが。
これがね。どんどんと乙女思考へと壊れて行くんですよ。その予定なんですよ。うふふ。
して、ちゃっかりと瑠玖と海月、蓮まで登場してしまいました。
蓮なんて壁の途中だしね・・・何してんだよって話ですよね。
そんな感じで。莉煌と絢音のお話第一弾でした。
少しでもニヤニヤとして戴けたら幸いです(゚∀゚)
20100125/まつもとゆきる。
モドル。