廃プリとAXのお話。番外編。
食料を調達して、後は帰ればいいだけなのに何だか足が重かった。
ファングはどんどん俺の事を忘れて行っているみたいだ。
ファングは俺にとって兄のような大切な存在。
そんな人に自分の事を忘れられようとしていて、凹まない奴が一体何処に居るって言うんだろう。
だけど、ファングにも身寄りが無い。
一緒に暮らしているのは俺だけで、血は繋がって無くても「家族」と呼べるのは俺だけだろう。
辛いのは俺もファングも一緒なんだ、きっと。
出来るだけ傍に居てやらないと・・・。
何か出来ないものかと考えて歩いていたら、大聖堂の前までやって来ていた。
カミサマの存在を信じて居る訳じゃないが、困った時の神頼みと言う言葉がある。
都合が良過ぎるかもしれないけど、カミサマにお願いでもして行こう。
厳粛な雰囲気漂う大聖堂に俺は足を踏み入れた。
「うわ・・・」
何処でお祈りをしたらいいのか分からなかったので、とりあえず一番広い部屋へと入った。
高い天井。
沢山の色で飾られたガラス細工の壁飾り。
天使の銅像。
パイプオルガン。
大聖堂の中は見た事の無いモノで溢れ返っていた。
沢山並ぶ長い椅子の一角に座り、天使の銅像を見詰めながら手を組んで目を閉じてみる。
カミサマ、どうかファングの崩壊を止めて下さい。お願いします。
心の中で噛み締めるように、ゆっくりと願い事を呟いた。
本当にカミサマが居るのかは知らない。
元々信じても居ないからこの願いが届くかは分からない。
でも、出来る事はやっておこうと思ったんだ。
「・・・ファング」
名前を呟いて一人にして来た事を思い出して。
淋しがってないだろうかと心配になった。
多分、ベッドの上でぼーっとしたままで居るんだろうけど、やっぱり一人は淋しい。
早く、帰ろう。
「あれー?もしかしてクロウさんー?」
聞き覚えのある声がして振り向いたら、一人のプリーストが立っていた。
紫色の髪の毛。その頭にたれ猫を乗せた黒縁メガネ。
いつか、ゲフェン地下洞窟で一度一緒に狩りをしたME型のプリースト。
ザフィだった。
「アサシンさんが何してるんですかー?こんなところでー?」
のほほんとした表情で近寄って来る。
相変わらずマイペースだな。
「ちょっとな、お祈りしてたんだよ」
「へー、アサシンさんでもカミサマ信じてるんですねー」
「別に信じちゃいねぇけど。困った時の神頼みっつぅの?そんな感じ」
俺の隣に腰掛けるとザフィは関心したかのように頷いた。
「カミサマは気まぐれですからねー。叶えてくれるとは限らないですよー」
「いいのかよ、聖職者がんな事言って」
「いいんですー」
まぁ、ザフィの言う事は最もだった。
俺はカミサマの存在を信じて無い。信じても居ないモノに願い事をしても叶う筈がなかった。
それでも、祈って気休め程度にはなって欲しい。
そんな思いがあったのかもしれない。
「じゃあ、俺帰るから。またな」
「あー、クロウさんー」
席を立って帰ろうとした時、ザフィに呼び止められた。
何かと思って振り向く。
「何だよ?」
「良かったら僕とお友達になってくれませんかー?」
「友達?・・・別に、いいけど」
「前に一緒に狩りした時楽しかったのでー。また一緒に狩りしたいなーと思ってたんですー」
にこにこ笑顔でそう言うと、友達申請を飛ばして来た。
俺も同じ事を思って居たので、何も問題は無くすんなりと受け入れる。
ザフィさんと友達になりました。
「ありがとうー」
「いや、こちらこそ。じゃあ、俺急ぐから」
「はいー。またー」
ひらひらと手を振るザフィに片手を上げて、俺は大聖堂を後にした。
偶然と言うのはあるものなんだな。
まさかあんな所で再会するとは思っても居なかった。
まぁ、あいつはプリーストだから大聖堂に居てもおかしくはないんだけど。
そういえば、冒険者になって初めての友達か。
ギルドメンバーとは普通に仲良くしていて、楽しいし。
ファングも居たから気にならなかったけど。
それ以外の友達って居なかったもんな。
何だかこれはちょっと嬉しい収穫。
そんな嬉しい気分で家路を急いだ。
ファングに報告したら喜んでくれるだろうか。
そう思いながら玄関のドアを開けた。
「な・・・」
何だこれ。
一体何があったんだ。
部屋の中がぐちゃぐちゃになっている。
テーブルも椅子も倒れ、俺がいつも寝ているソファがボロボロに切り刻まれていた。
窓は割れ、砂埃を巻き上げた風が入り込んでいて床がザラザラだった。
そんな部屋の片隅でファングはカタールを握り締め、膝を抱えて座っていた。
「ファング・・・?」
そっと近寄る。
するとファングは俺の気配に気付き、顔を上げた。
その目は何処も見ていなかった。
空中を彷徨うような視線。
気配だけで俺を捕らえているかのようで、その雰囲気が怖かった。
初めて感じるファングの殺気。
一体どうしたと言うのだろう。
「ファング、俺だよ!クロウだよ!」
「僕に近寄るな!」
吼えるように言われて、びくっとなり俺はその場で足を止めた。
どうしていいか分からない。
もうファングは俺の手に負えない所まで崩壊が進んでしまったみたいだ。
まるで幻覚でも見ているかのようにぶつぶつと何かを言いながら、座ったままでカタールを振り回す。
「ファング!」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」
呟いていた言葉がどんどん大きくなって最後の方は叫び声になった。
ファングは何かに怯えているみたいだ。
壁に背を預けて立ち上がると、頭を激しく振りながらカタールを振り回す。
全く近付けない。
何とかして落ち着かせてやりたかった。
何も無いと、ここは安全だと、大丈夫なんだと分からせて安心させてやりたかった。
でも、今の俺にはどうする事も出来ない・・・。
自分の無力さに腹が立った。
「来るなっ来るなああああああ!」
狂気乱舞。
言葉で表すのならそんな感じだ。
叫び声を上げてファングはカタールを取り落とし、壁に張り付くようにして何かから逃げている。
今だ、と思って駆け寄って床のカタールを蹴り飛ばし、ファングの事を抱き締めた。
ファングは勿論大暴れ。
だけど、それに負けないようにしっかりと抱き締めて言葉をかけた。
「ファング!大丈夫、大丈夫だから。俺が居る、俺が守ってあげるよ!だから安心して!」
髪を掴まれ背中を叩かれ、でも俺はしっかりとファングを抱き締めて離さない。
身長差があるから、はたから見れば俺がファングに抱き付いて居るようにしか見えないと思うけど。
暫くそうしていて、やっとファングは落ち着いて来たのか動きが弱まった。
動いてもそのまま付いて来るようになったので、ベッドまで移動して座らせる。
ぼんやりと前を向いたままのファングの目には、やっぱり俺は映ってないみたいだったけど、
もう暴れる事は無さそうなので、安心した。
「ファング、食べるもの買って来たからさ。食べよう。腹減ったろ?」
開け放ったままだった玄関のドアをやっと閉めて、二人でベッドに腰掛けたまま買って来た物を食べる事にした。
それからのファングの状態は急降下だった。
まず、表情が変わらなくなった。
普段から怒る事は少なかったけれど、優しかった笑顔は完全に無くなってしまった。
悲しい顔をする事も無くなったし、喜ぶ事も無くなった。
そして、自分から言葉を発する事も無くなった。
俺が話し掛け無ければずっと黙ったまま。
でも、返って来る返事は「あぁ」とか「うん」とか極端に短いモノ。
最後に、やっぱり一日をずっとベッドの上で過ごし、殆ど丸一日ベッドで座って居てはぼーっとしていた。
見て居るのが辛かった。
元気だった頃の事ばかりが頭を巡り、どうしてファングがこうなってしまわなければならなかったのか。
俺はそればかりを考えていた。
ある日、アサシンギルドでの仕事を終えてその報告に帰った後。
仕事に関係する記憶のみを消すと言うクソ不味い薬を飲んだ後に、アリエルさんに呼び止められた。
「どうしたんスか?」
「頼みがあるんだが・・・」
「アリエルさんが、俺に?」
なんだろうと考えたが、その表情で分かってしまった。
ファングに関する事だ。
俺の考えが正しければ、アリエルさんとファングはパートナーだったんだと思う。
ずっと一緒に仕事をして来た心の許せる相手。
イズナとの仕事を繰り返す内に、俺も何となくそれが分かって来たのでアリエルさんの気持ちも分かる気がした。
「ファングの様子を見に行かせて欲しい」
「俺は別に構わないスけど・・・、アリエルさんこっから出て大丈夫なんスか?」
アサシンギルドに通うようになってから知ったのだけど。
役職に付いて居るアサシンクロス達やアサシンギルド内で働くアサシンクロス達は、
日常での生活の場を持って居なくて、ずっとアサシンギルド内で生活をしているらしい。
アリエルさんもその内の一人なので、外に出て大丈夫なのか、と思ったんだ。
「あぁ、それは問題無い。マスターの許可は取った」
「そうなんスか。じゃあ行きましょう」
「有難い。恩に着る」
二人でアサシンギルドを出て、家へと向かう。
アリエルさんは俺達がモロクに住んでいる事を知らなかったらしく、
こんなに近くに住んで居たのか、と驚いて居た。
「ファング、ただいまー」
ドアを開けて中に入る。
ファングはやっぱりベッドの上。
起き上がって座って居て、ぼーっとしていた。
アリエルさんはそれを見て立ち竦んで居る。
「クロウ・・・、ファングはもうずっとこうなのか?」
「・・・そうスね。最近は自分からもう殆ど動く事無いです」
言葉にして自分で聞いて、ざっくりと心が傷つくのを感じた。
そう、もうファングは自分から動く事が無い。
動くと言ったら排泄関係だけだ。
それだけは生理現象で身体が勝手に反応するのか、ふらっと歩き出してはトイレに向かう。
それ以外はもう本当に動かずに、ただただぼーっと座っているだけ。
急速に進んだ崩壊は完全にファングを廃人にしてしまった。
「ファング・・・」
悲しそうに呟いてアリエルさんはゆっくりとファングに近付いて行った。
椅子を出そうと思ったけれど、彼女は床に膝を付いてベッドの上のファングを見上げる。
俺は何も言えずにただ黙ってそれを見て居る事しか出来なかった。
「済まなかった。あの時私がもう少し早く気が付いて居たら、こんな事にはならなかったのに・・・」
泣き出しそうな声でそう言って、アリエルさんはファングの手を取った。
「本当に謝っても謝り切れないよ。ファング・・・」
その時。
ファングが動いた。
真正面を向いてぼーっとしていた顔が、ゆっくりと動いて傍らのアリエルさんを見下ろした。
「アリ、エル・・・」
「・・・ファング?」
驚いた事にファングはアリエルさんの顔を見詰めてその名前を口にした。
懐かしそうに何度も何度も。
少しずつ目に生気が戻って行くように見えた。
「アリエル・・・どうしてここに」
「ファング、私が分かるのか?」
「分かるも何も。君は僕の大切なパートナーだ。忘れる訳無いだろう」
「ファング・・・」
アリエルさんは口元を押さえた。
我慢が出来なかったんだと思う。
完全に崩壊してしまった筈のファングが一瞬でも自分の事を思い出した。
泣いていた。声を殺して。
俺はそんな二人の様子を見て居られなくて、そっと家から出た。
正直言えばアリエルさんが羨ましかった。
俺は毎日一緒に居て、毎日ファングに話し掛けているのに。
あんな風に目に生気が戻り、前のように話せるなんて事は無くなっていた。
だから例えパートナーだったアリエルさんでも、そんな事は無いと思って居たのに。
ただのパートナーとしての関係だけじゃ無かったのかもしれない。
それなら俺の入り込む隙間は無い。
あんな奇跡が起こっても不思議じゃないかもしれない。
でも、悔しかったし悲しかった。
「酷ぇよ、ファング。俺ずっと一緒に居たじゃん・・・」
家の壁に背を預けて膝を抱えた。
泣いてしまいそうだったけど、それはもっと悔しいからぐっと堪えた。
暫くそうしていたら、ドアが開いてアリエルさんが顔を出した。
「クロウ、すまなかった。話は済んだよ」
「良かったスね、話せて」
「あぁ・・・」
皮肉たっぷりに言うとアリエルさんは困ったような悲しそうな顔をした。
まだ帰る様子じゃないので、とりあえず俺も家の中に入る。
ファングはベッドの中で横になって居た。
眠っているのだろうか。
立っているのもあれだったので、アリエルさんに椅子を勧めて自分も座る。
「寝たんスか?ファング」
「あぁ。疲れたと言ってな、自ら横になったよ」
「へぇ・・・」
まぁ大体座っているか寝ているかのどちらかだ。
別に不思議な事じゃない。
「何、話したのか聞いてもいいスか?」
「あぁ、そうだな。お前には話さないといけないな」
アリエルさんはひとつ大きく呼吸をしてから、言葉を続けた。
「ファングは自分が今どんな状態なのかを良く分かっていた。その上でお前に、クロウに迷惑を掛けていると」
「迷惑なんて・・・思ってない・・・」
「殺してくれと言われたよ。このままの状態で生きていてもお前を悲しませるだけだと」
「そんな・・・」
ファングが・・・そんな事を思って居たなんて。
でも、そんな事は許さない。
俺達は家族だ。
あの日、孤児院にファングが俺を迎えに来たあの日から俺達は家族なんだ。
勝手に死なれては困る。
例えどんな状態でも家族なんだから一緒に暮らして居たい。
「勿論殴った。馬鹿な事を言うなと叱ってやったよ。そうしたら反省したようだ」
「そうですか」
「それでな、あいつからの提案なんだが」
「はい」
「お前を自由にしてやりたいそうだ」
「え?」
自由に?
どう言う意味だ。
「今クロウはファングに付きっ切りで世話をしているだろう。それをあいつは申し訳無いと思っているらしい。
まだ若いお前にはもっと色んな事を経験して貰いたいそうだ。だから自由にしてやりたいと言っていた」
「待って下さい。それは分かるんスけど、自由にの意味が」
「うん。それなんだが。私の持っている家にファングを置いてやろうと思っている」
「え・・・?」
それは一体どう言う事になるんだ?
アリエルさんがファングを引き取ると言う事か?
そうなると俺はこの家で独り暮らし。
確かに言葉上では自由になる・・・。
だけど。
「ファングの世話の事は気にしないでいい。私が引き継ぐよ。ファングもそれでいいと言っていた」
「え、そんな・・・」
「お前は独り暮らしをして、今まで出来なかった事を存分にすればいい」
「待って下さいよ!そんな勝手にっ、ファングは俺の・・・俺の大事な家族なんだ!」
大切な家族の存在そのものを忘れてしまえと言われてるようで、
俺はとても腹が立って同時に悲しくなった。
どうしてこんな事をアリエルさんは落ち着いて冷静に言えるんだろう。
「あぁ。それは十分に分かっている」
「だったら!」
「良く聞け、クロウ。これはお前の大事なその家族からの、たった一つの願いなんだよ」
たった一つの願い。
そう言われて返す言葉が無かった。
ファングの、願い。
どうして。
どうしてファングは俺なんかの為に願うのか。
自分の身体の事を、良くなるように願うのが普通じゃないのか。
それなのに、どうして俺の事を・・・。
「ファングはな、もう自分の身体がどうにもならない事を良く分かって居た。だからこそお前の事を考えたのだと思う。
お前がファングを大事な家族と思うように、ファングもまたそう思って居るんだよ」
アリエルさんの言葉に涙が溢れて来た。
ファングと過ごした楽しかった日々を思い出す。
大切な大切な思い出。
ファングもそう思ってくれて居たんだろうか。
俺の事を大事な家族だと思って楽しく過ごしてくれて居たんだろうか。
「分かるな、クロウ。ファングの思い」
「・・・はい」
ファングの方を見た。
さっき見た時と全く変わらない格好で横になっていて、ぐっすりと眠っているようだった。
もうこの姿を毎日見る事は無くなるけど・・・。
俺は絶対忘れないから。
例えファングが俺の事を忘れてしまっても。絶対に忘れない。
「それじゃあ、近い内にファングを迎えに来るよ。荷物をまとめておいてくれると助かる」
「わかりました」
話は終わって、アリエルさんは席を立った。
玄関に向かって歩いて行く。
見送るのに、俺も席を立った。
「あの」
「何だ?」
「たまに、ファングの顔を見に行ってもいいスか?」
「無論。お前はあいつの家族だ。遠慮する事は無い」
「ありがとうございます」
じゃあな、とアリエルさんは告げてドアを開けて出て行った。
ファング。
このままずっと一緒に暮らして行く事は出来なくなったけど、俺あんたの願い叶える為に生きて行くよ。
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