廃プリとAXのお話。番外編。


 その日初めて頭の中に声が響いた。
 『クロウ、聞こえますか?私はアサシンギルドのマスターです。
  今これから、あなたにアサシンギルドへと帰還して貰います。迎えが行きますのでよろしく』
 それはとても一方的なモノだった。
 俺は家でファングと朝食を摂っていて、声が響いた瞬間食べていたパンを取り落としてしまった。
 いつもならどうしたのかと心配してくれるファングも、最近は注意力散漫と言うか
 自分の事しか見えていないと言うか。声をかけなければ俺が居る事すら分からないみたいな状況で。
 そんな中で出掛ける事は躊躇われたけれど、迎え、と言う奴は割りとすぐにやって来た。
 無遠慮に玄関のドアが叩かれる。
 殆ど来客の無い家なので、多分そうだと思う。
「ファング」
「あぁ、クロウ。どうしたんだい?」
 今俺の存在に気が付いて、でもそれを見せまいと平静を装った振りをしたファング。
 全部分かるけど、俺も気付かない振りをした。
「ちょっと出掛けて来るから。帰る時、また連絡する」
「わかったよ、行ってらっしゃい」
「ちゃんと鍵かけてね」
 一応装備を整えてからドアを開けると、アサシンだろう人間が立っていた。
 アサシンだろう、と言うのは多分アサシンだとは思うんだけど俺やファングとは違う正装だから。
 雰囲気も全然違って、すぐそこに居るのに気配は殆ど感じない。
 後ろ手でドアを閉めた。
「あんたがアサシンギルドの迎え?」
 目の前の奴は声も出さずにひとつ頷くと、背中を向けて音も立てずに歩き出した。
 付いて来いと言うのだろう。
 俺も真似するように歩いてみたが、砂利の上では音を立てずに歩くのは困難だった。
 何か訓練を受ければ出来るようになるのだろうか。
 モロクの街の外れ。
 ぽつんと建つ小さな小屋の前で、そのアサシンは姿を消した。
 多分、目的を果たしたんだ。
 ここに、入れと言うのだろう。
「よし・・・」
 何があるか分からないから気を引き締めて行こう。
 心の中で気合を入れて、一歩踏み出した。
 ドアを開けて中に入るとそこは部屋ではなかった。
 地下へと続く長い長い階段。
 何処まで潜るのか分からない薄暗いその階段を下りると、そこに広がって居たのは
 地上に出ていた小屋とは全く持って比べモノにならない程の広い空間だった。
 地下アジト、とでも言えばいいのだろうか。
 これが、アサシンギルド。
「ようこそ、アサシンギルドへ。クロウ」
 名前を呼ばれて顔を上げると、迎えに来た奴と同じ正装のアサシンが三人立っていた。
 一人は女だけど多分一緒の職業だと思う。
 長い銀髪のオーラ状態の男が多分マスターなんだろう。
 頭に響いた声と一緒だった。
「やっと会えましたね。会いたかったんですよ、あなたに」
「初めまして・・・」
「ファングからストップをかけられて居ましたからね、あなたを帰還させる事を」
「マスター!」
 え?ファングがなんだって?
 女のアサシンがマスターを声で制するも、それは効果を示さずに喉の奥で笑ったマスターは続ける。
「ファングはトップクラスのアサシンでしたからね。言う事を聞かない訳には行きませんでした。
 でも・・・彼はもう使い物にならないでしょうし、欠けた穴を埋めるモノが欲しかった所だったんです」
「・・・あんまりだ」
 マスターの後ろで女アサシンが口唇を噛み締め俯いた。
 使い物にならないってどう言う意味だ?
 欠けた穴って?埋めるモノって?
 何を言ってるんだ、こいつは。
 訳が分からなかったが、ファングが馬鹿にされた事と自分がモノ扱いされた事はなんとなく分かった。
「・・・てめぇ、それをわざわざ俺に言う為に呼び出しやがったのか!」
「おい、口の利き方に気を付けろ」
 男のアサシンに睨まれる。
 至極冷静な声と口調だったが、威圧感があった。
 何なんだよ一体。アサシンギルドって何なんだ。
「今日あなたを呼び出したのはそんな事じゃないですよ。
 これから苦楽を共にするパートナーの紹介です。さあ、出て来なさい」
 パートナー?
 マスターの声に一人のアサシンが姿を現した。
 真っ白な長い髪をした女のアサシンだった。
 片目が悪いのか、見えないのか。
 眼帯をしている。
「自己紹介を」
 マスターに促されて、その女が一歩前に出る。
「私はイズナ。他人に興味はありませんが、仕事上のパートナーとして上手く接して戴けると嬉しいです。
 よろしくお願いします」
 軽く頭を下げられて俺も頭を下げ返す。
 次は俺の番なのかな?
「俺は・・・」
「あなたの事は知っています、クロウ。マスターから聞きました」
「あ、そうなの」
「これからの長い期間、仲良くやって下さいね。二人共」
 初顔合わせだってのに・・・何もかも一方的なんだな、ここのマスターは。
 そして、用が済んだらさようならってか。
 イズナとマスターはいつの間にか姿を消し、部屋に残ったのは俺と男女のアサシンの三人。
 女の方が近付いて来た。
「初めまして、クロウ。私はアリエル。お前らアサシンの管理担当を受け持ってる。
 分かり易く言えば、世話係りだ。よろしくな」
「はぁ、よろしくお願いします」
 女の癖に男みたいな口調で喋る人だな、アリエルさんは。
「アサシンギルドの中の事で分からない事があれば私に聞いてくれ。答えられる事ならば答える」
「あぁ・・・じゃあ、さっきイズナって奴が仕事がどうとか言ってましたけど。
 仕事って俺一体何するんスか?」
「あぁ、それはだな・・・」
「それは俺が答えよう」
「キエル・・・お前・・・」
 アリエルさんの声に被って、男のアサシンが口を挟んで来た。
 キエルと呼ばれたそいつはカウンターの向こうから身を乗り出して、咳払いをひとつ。
「お前達アサシンはこのアサシンギルドに所属しながら生活をしていくんだ。
 普通に日常で狩りをしたりしながら、帰還命令に従いここに戻り仕事を請け負う」
「いや、だからその仕事って」
「最後まで聞け、馬鹿者」
「・・・はい」
 キエルは少しムっとした顔をしてから、薄い緑色をした髪を掻きあげると
 小さく溜め息をついた。
「その仕事とは、主に2つある。一つは情報収集。各国各地へと出向き必要な情報を集めて来るものだ。
 必要とあらば、建物内に忍び込んだりもする。もう一つはアサシンの名に相応しい仕事。
 これはまだお前には任せられないから、詳しくは教えない」
 何だか腑に落ちない説明だったが、アサシンが普通の生活とは別に、アサシンギルドで
 こうして呼ばれて仕事をすると言う事は分かった。
 そうすると、マスターの言っていた事を思い出す。
 ファングからストップをかけられて居た、と言う話と
 そのファングがもう使い物にならないと言う話。
「・・・ファングが、俺の事を呼び出さないようにストップをかけていたって言うのは?
 んで、ファングがこれからはもう使い物にならないって言うのは一体どう言う事なんですか?」
「それは・・・」
 アリエルさんが口を開いたが、その後の言葉は続けられずに口を閉ざして俯いた。
 キエルさんの方を見ても何処か沈痛な面持ちで視線を下に下げている。
 何かがある。
 そう思わずには居られなくて聞き出したくて俺は言葉を続けた。
「俺はファングと一緒に暮らしてる!あいつは俺にとって大切な人だ。
 それを侮辱するような事を言われて黙ってなんかいられない!」
 半分叫ぶようになった俺の言葉が室内に響いた。
 二人は下を向いたまま。
 しん、と静まり返った部屋の中で俺の憤りだけが膨らむ。
 暫くして口を開いたのはアリエルさんだった。
「ファングは・・・もうアサシンギルドでの仕事が出来ないんだ」
「え?」
 マスターは確か、ファングはトップクラスのアサシンだと言っていた。
 その言葉から察するに、任される仕事もしっかりと確実にこなして居たのだろうし
 成績も当然良かったんだろうと思う。期待されて居たに違い無い。
 それがもう仕事が出来ないとは一体どう言う事なのか。
「あいつは心に深く傷を負ってしまった・・・。もう止める事は出来ない」
 アリエルさんは今にも泣き出しそうな顔をして、口唇を噛み締めまた俯く。
 言われた言葉がよく理解出来ないで居ると、今度はキエルさんが口を開いた。
「一緒に暮らしているのなら、お前も気が付いて居るのではないか?ファングの変化に。
 あいつは刻一刻と崩壊へと進んで行くと思うよ。もう誰にも止められない・・・」
「ほう、かい・・・?」
 聞いた事がある。崩壊と言う現象。
 言葉の通りだ。
 精神崩壊。そのままだ。
 自分では許容出来なくなった感情が切欠となって精神が崩壊する。
 そうなってしまった人間はもう二度と元には戻る事が出来ず、廃人になってしまうと言う。
 言葉を喋る事が出来なくなる。笑う事も泣く事も怒る事も喜ぶ事も出来なくなる。
 ただただ目を開いてぼーっとして動く事もなくその場に居るだけになってしまう。
 そんな人間を実際に見た事は無いが、そうなった人間が居ると言う事は聞いた事があった。
 まさか、ファングがそうなってしまう・・・?
 居ても立っても居られなくなって、俺はその場から走り出した。



 家に戻る途中、ファングに耳打ちを飛ばした。
 もう声だけじゃ分からないようで、名前を言うとやっと気が付いてくれて・・・。
 だけど、玄関のドアに鍵はかかって居なかった。
 出掛ける前に鍵を閉めろと言ったのに・・・。
 アリエルさんやキエルさんの言った通り、崩壊が進んで居てもう言葉の意味が良く分からないのかもしれない。
「ただいま、ファング?」
「おかえり、クロウ」
 ファングはベッドの上に座っていて、俺の姿を見てにこにこと笑って居た。
 それを見て物凄くほっとする。
 だけど、ファングはそのにこにことした笑顔のまま。
 視線をまっすぐ前に向けて、ただずっとベッドに座っていた。
 いつもなら聞かれると思う、何処へ行って来たのかとかそう言う事は一切言わずに、
 ただただにこにこした表情で座っているだけ。
 安心したのも束の間。
 もしかしたら、もうこのままなんじゃないかと言う不安が襲い掛かって来た。
「ファング!俺、今日初めてアサシンギルドに行って来たよ!」
「あぁ、そうだったんだ」
 意を決して話題を持ちかけ話してみても、ファングはにこにこした顔のまま相槌のような返事をするだけ。
 アサシンギルドの事はファングの方が詳しいだろうから、別な答えが返って来ると期待したんだけど・・・。
 でもまだ、反応はしてくれる。
 俺は望みを捨てずに言葉を続けた。
「仕事の話も聞いて来たし、パートナーって奴にも会った。後、マスターは何か変な人だね」
「そうだね」
「・・・」
 負けるな、負けるな俺。
 ファングはまだ俺の話を聞いてくれているじゃないか。
 ・・・例えその目に俺がちゃんと映っていなかったとしても。
「アリエルさんとキエルさんは癖ありそうだけど、いい人そうだったよ」
「アリ、エル?」
「?そう、アリエルさん。ファングも知ってるでしょ?」
 アリエルさんの名前を出した途端、ファングの目の色が若干変わったような気がした。
 生気が戻った、とでも言えばいいだろうか。
「アリエルは元気にしていたか?落ち込んでは居なかったか?彼女の事だから気にし過ぎていないといいんだけど」
 まるでさっきまでの状態が嘘だったみたいに、ファングは捲くし立てた。
 突然の変化に驚いて俺は言葉に詰まる。
 何か返事をしないと、と思うのに言葉が出て来なくて。
 黙っていたら、ファングに肩を掴まれた。
「おい、どうなんだ?アリエルの様子は?一体どうだったんだ!」
「あ、あぁ。ふ、普通に、元気そうだったけど・・・」
 俺は普段のアリエルさんを知らない。
 なんせ今日会ったのが初めてだ。
 だから今日見た印象を伝える事しか出来なかった。
「そうか・・・元気なら、良かった」
 心底安心したように呟いて、ファングは俺の肩から手を離すと、また元の位置に戻った。
 一体何だって言うんだ。
 アリエルさんとファングは何か関係があったのか?
 アリエルさんはアサシンギルドに所属するアサシン達の管理担当をしていると言っていた。
 だけど、今のファングの話し振りからして二人はそれだけの関係じゃない事が考えられる。
 もしかしたら・・・パートナーだったとか・・・?
 だから、アリエルさんもファングの事を話し難そうにしていたのだろうか。
 もしそうなんだと考えると辻褄が合う気がする。
 今まで一緒に仕事をして来たパートナーが、崩壊して行くと言う事。
 その事実からは目を背ける事は出来ず、ショックだろうと思う。
 そのパートナーとうまくやっていて仲が良かったのなら、尚更ショックだろうと思う。
 もう一緒に仕事をする事が出来ないと言う事だろうから。
 俺だったらショックだ。
 凹んでしまうと思うし、自分を責めると思う。
 何故助けてやれなかったのか、何故何もしてやれなかったのか。
 そう考えて自分を責め続けると思う。
 アリエルさんのファングの事を話す時の表情を思い出してみる。
 とても辛そうで泣き出しそうだった。
 やっぱりとても自分を責めて居たんだろう。
 だけど。
 俺にはどうする事も出来ない。
 アリエルさんを励ます事も、今こうして目の前で崩壊が進んで行くファングを止める事も。
 とても、歯痒かった。
「ファング、腹減ってない?俺なんか食べ物買いに行って来るよ」
「あぁ、うん」
 無気力な返事。
 それに淋しさを覚えながら、じっと二人で家に居るのも辛かったので
 ファングにはとても申し訳無かったけれど、俺は逃げるように家を出てプロンテラへと向かった。


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