廃プリとAXのお話。番外編。


 そこでは俺はいつも一人だった。
 否、言い換えればそこに居る奴ら全員が一人で。
 身寄りの無い奴らが集まって居る場所だった。
 孤児院。
 そこに物心付く前から俺は居た。
 両親の顔なんぞ覚えてすら居ない。どんな人物だったのかも知らない。
 だが、俺がこの世に存在していると言う事は、両親と言う存在が確かに居て
 その上で俺が生まれたと言う事になるのだろうとは思って居た。
「クロウ。あなたはまたそんな所で一人で。みんなと遊ばないの?」
 孤児院のシスターがもう日課になっている言葉をかけて来る。
 優しくていつも微笑んでいる、そんな存在。
 俺がいくらふてぶてしい態度を取ってもそれは変わる事は無かった。
「いいんだよ、俺は一人で。あいつらと馴れ合う気なんか無い」
 これもお決まりの言葉。
 それに対しシスターは、そうなの、と一言言ってころころと笑う。
 どうせもう何年かしたら、俺は冒険者になるのにここを出るんだ。
 そうすれば、ここの奴らとの接点は無くなる。
 だから仲良くしたって無駄なんだ。
 会えなくなってしまうんだから。
「今日はね、あなたにいいお話が来ているのよ」
「・・・いい話?」
 この類の話は知っている。
 養子に貰われて行く、と言うやつだ。
 子供の出来ない残念な夫婦か、子供が全て独り立ちして淋しくなった熟年の夫婦が
 子供を求めて孤児院にやって来る。
 そいつら夫婦にとっちゃ身寄りの無い子供を引き取って育ててやるっていう
 美徳にも似た精神があるのだろうが、こっちにとっては迷惑な話。
 相手が気に入った子供を勝手に選んで引き取りたいと申し出て来る訳だから
 こっちには選ぶ権利なんて無いんだ。
 まぁ、子供は親を選べない、なんて言うから。
 仕方無いっちゃ仕方無いのかもしれないけど。
「そう言うのは俺は御免だって言ったろ?」
「相手が彼でも?」
 ・・・彼?
 シスターが一度庭から建物の中へと入って行った。
 俺はそれを黙って見守る。
 彼とは一体誰だろうか。
 俺を引き取りたいと言っている人間が、とある夫婦では無くて
 彼―すなわち一人の男だと言う事は分かったけれど。
 しばらくして、シスターは一人の男と一緒に庭へと戻って来た。
 一緒に連れ立ってやって来たのは、一人のアサシンだった。
 顔に見覚えがあった。
「よう、クロウ。元気にやってたかい?」
「ファング!!!」
 懐かしい声に思わず駆け寄った。
 彼の名前はファング。
 彼もまたこの孤児院の出身で、俺が来る前からここに居た。
 それまで適当な名前で呼ばれていた俺に、ちゃんとした名前「クロウ」と名付けてくれたのも
 このファングだった。数年前に冒険者になると孤児院を出て行ってそれきりだったのだが。
 まさか、彼が俺を引き取りに来るなんて・・・。
「シスター!本当に?本当にファングが俺の事を引き取りに来たの?」
「ええ、そうよ。是非一緒に暮らしたいのですって」
 微笑むシスターの目に嘘は無い。
 ファングを見ると彼もまた微笑んで居て、俺はとても嬉しくなった。
 冒険者になりたいと思ったのは、この人。ファングの事を追い掛ける為だったんだ。
 ここで兄のように慕い、俺は彼が居れば他には誰も要らなかった。
 彼が冒険者になって、一体どんな職業に就いて、どんな事をしているか。
 そんな事は全く想像がつかなかったけど、冒険者になればなんとかなる気がしていた。
 それが、こうして会いに来てくれて。
 俺と暮らしたいと言ってくれている。
 こんなに嬉しい事があるだろうか。
「ファング、本当?本当に俺と暮らすの?」
「うん、そう思って来たんだけど。僕とじゃ嫌かい?クロウ」
「まさか!嫌な訳ないよ。俺はファングと一緒がいい!」
「じゃあ、決まりだね」
 ファングは俺の頭に手をやってくしゃりと撫でた。
 それがとても懐かしくて嬉しくて。胸が一杯になって何だか泣きそうだった。
 そのくらい嬉しかったんだ。
 ファングはシスターと何か手続きがあるみたいだったので、
 俺は自分の部屋に戻って早速荷物をまとめた。
 大荷物になるといけないので、要らない物は置いて行こう。
 着替えと自分のコップと歯ブラシ。
 持ち物はそれくらいで十分だ。
「準備は出来ましたか?クロウ」
「うん!出来た!」
 鞄を背負って戻ると、シスターとファングの話も終わっていたみたいで
 二人は出口で待っていた。
 シスターは俺に寄って来ると、柔らかく俺を抱き締めた。
 こんな事をされるのは初めてだったので、驚いた。
「ちょ、シスター!何だよ、恥ずかしいだろ!」
「幸せになるのですよ、クロウ。ここの事はお忘れなさい」
「え・・・?」
 忘れろって言われても。
 物心付いた時から居た場所だ。刷り込みのように記憶に刻まれて居て
 忘れようにも忘れる事なんて出来ないと思うんだけど。
「これからはファングとの新しい生活が始まります。それをどうか大切に」
「言われなくても、大事にするさ!」
 それには絶対の自信があった。
 だって大好きな相手との暮らしだ。大切にしない訳が無い。
 俺を放したシスターは、いつものように微笑んで俺の頭を撫でてくれた。
「じゃあ、行こうか。クロウ」
「うん、ファング」
 ファングはシスターに頭を下げると背中を向けて歩き出した。
 それに付いて俺が歩き出すと。
「さようなら、クロウ」
 背中にぶつかるシスターの声。
 何だか悲しげな色が混ざっているのに気が付いて振り向いた。
 いつもの微笑みじゃない。泣いてはいなかったけれど、少し淋しそうな顔をしていた。
 シスターはここ、孤児院に居る奴ら全員の言わば母親的存在。
 少しでも俺との別れを惜しんでくれているのだろうか。
 そう思ったら、俺も少しだけ淋しくなった。
 もう、憎まれ口を叩いても微笑んで笑って居てくれる存在は居なくなる。
 いつも一人で居た俺に優しく語りかけてくれる存在は居なくなるんだ。
 そう思ったら胸の辺りがぎゅっと締め付けられるように苦しくなった。
「さようなら!シスター!!」
 泣かないように声を張って。最後の言葉を彼女の元へ。
 元気に聞こえるように。出来るだけ元気に聞こえるように。
 別れは悲しみよりも元気で少しでも明るい方がいいと。そう思った。
 手を振って、笑って見せて。
 名残惜しかったけど、背中を向けて門の所で待っていたファングの所へと走った。



 ファングの家は、モロクと言う砂漠の街にあった。
 何でも、彼が所属しているアサシンギルドと言うのがモロクにあって
 近いからと言うのが理由だそうだ。そこでファングが何をしているのかは教えてくれなかった。
 独り暮らしだから狭いけど、と言うファングだったが俺にとっては十分だった。
 ベッドもあるし、ソファもある。
 俺は身体が小さいから寝る時はソファで寝ればいい。
 座ってみると柔らかくて寝るのにも丁度良さそうだった。
「ファング、俺ここで寝る」
「え?ソファで?ベッドで寝てもいいんだよ?」
「ベッドはファングが使ってよ。俺はここがいい」
「そう。気に入ったならいいけど」
 笑いながらそう言ったファングの顔が、次の瞬間真顔になった。
 何かと思って見詰めていると、少ししてから険しい顔をした。
「ごめん、クロウ。色々連れて行ってあげたかったんだけど、用事が出来た。
 暫く出掛けるからここで大人しくしててくれるかな?」
「・・・うん、わかった」
 頷くと、ファングは俺の頭を撫でて。
 それから慌しく何か準備を始めた。
 武器だろうモノを腰に携えて、口元にマスクを巻く。
 何が何だか分からない俺は黙って見ているしか無かった。
 聞きたい事は山程あったけど、何故か聞いてはいけない気がした。
「じゃあ、行って来るよ。多分、夜にまでは帰れると思うから」
 そう告げると足早にファングは家を出て行った。
 一人になった部屋で、俺は特に何もする事が無くて。
 ファングには部屋で大人しくしていろ、と言われたので街の見物に行く訳にも行かず。
 とりあえず、一通り部屋の中を歩き回った後、ソファに戻って。
 ぼーっと座り込んで居た。



 はっとして起き上がると部屋の中は蝋燭の光で橙色に照らされて居た。
 身体に掛けられていたらしい毛布が床へとずり落ちる。
「あ、起きた。ごめんね、遅くなって」
「ファング・・・?」
 どうやらもう夜らしい。
 手料理なのか、ファングはテーブルに食事を並べながらキッチンの辺りで歩き回っていた。
 何処へ何をしに行って来たのか。気にはなったが、やっぱり聞いてはいけない気がしたので
 胸の奥へと閉じ込めてソファから降りる。
 毛布を床から拾い上げてソファに放ると、テーブルに駆け寄った。
「うわぁ、すげぇ!これファングが作ったの?」
「うん。美味しいか分からないけどね」
「すげぇ美味そうだよ!」
 孤児院で出される食事よりも豪華な気がした。
 テーブルに着くとナイフとフォークを渡され、そのまま食事を開始する。
 ナイフとフォークを余り上手く使いこなせないので、殆どフォークで刺して食べた。
「クロウは冒険者になるつもりなんだってね」
「うん」
「職業は何になりたいの?」
 聞かれて返答に困った。
 実際の所、冒険者になりたいと思って居ただけで詳しい事は何も考えて居なかった。
 職業については聞き齧りだけどいくつか知っては居る。
 騎士、プリースト、アサシン、ハンター。ブラックスミス。
 知っていてこのくらいだ。
 勿論他にもあるのは分かるが、知らない。
 でも、少し考えた。
「プリーストだったら、支援して貰えるから助・・・」
「俺もアサシンになる!」
「え?」
 ファングの言葉に被るように叫んで居た。
 ファングは俺の憧れの人。兄として慕っている存在。
 ならば、その兄のようになってみたいと思って何が悪いのか。
 ファングはぽかんと驚いたみたいな顔をして俺を見て居る。
 暫くそのままで居て、思い出したように左右に頭を振ると数回瞬きした。
「アサシンはやめておいたほうが・・・」
「いやっ俺もなる!」
「大変だよ?」
「なるったらなるんだ!」
「決意は固いのか・・・」
「おうともよ!」
 胸をどんと叩いて見せたら、ファングは苦笑した。
 アサシンがどんな職業だか詳しくは知らないけど。
 ファングがアサシンなんだから、きっとカッコイイはずだ。
 それにどうせ冒険者になるなら強い方がいい。
 ファングは孤児院に居た時よりも、筋肉が発達していて身体付きが凄く変わった。
 強くなった証拠なのだろうと思う。
「それじゃあ、まずはノービスになって修練所に行かないとね」
「ノービス?修練所?すぐアサシンになれるんじゃないの?」
「そんなに甘くないよ、冒険者になるのは」
 そうだったのか。
 いや、それでもアサシンになる為なら俺は頑張る!
 だってもう決めたんだ。自分で決めたからにはやり通すのが筋ってもの。
「明日修練所の場所教えてあげるから、行っておいで」
「一人で?」
「僕はもう入れないから。冒険者は最初は誰でも一人で始まるんだよ」
「そうなんだー」
 明日が楽しみになって来た。今夜は眠れないかもしれない。


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