廃プリとAXのお話。
主役が現れた事で、その場は嘘のようにしんと静まり返り、
俺らの周りに居た面々は、腕を組んで前へと進む二人に釣られるようにして
屋外に設置されている長椅子へと腰を落ち着けた。
前の方から風鈴の音の面子が座っているので、自然俺と海月は後ろの方になる。
だが、その面子の数も物凄く多い訳じゃなく。
ちゃんと主役二人の姿が見える位置に座る事が出来た。
ふっと、海月が横を向く。
釣られて俺もそちらへ視線を向けると、そこ。
俺達が座る椅子とバージンロードを挟み、対になっている長椅子に
これまた俺達のようにぽつんと二人、人が座っていた。
見れば片方はハイプリーストの姿になったザフィだった。
またこいつは空気を読めずに後ろなんかに座って居るのかと思ったが。
その隣に、見たことの無いアサシンクロスの姿があって。
そいつがじっとこちらを睨んで居るのだ。
否、確実に海月の事を睨んで居るようだった。
寝癖なのか天パなのか、ぐしゃぐしゃの茶色い頭にはひよこが乗っかっている。
思わず、海月の肩を抱く。
何だ、あいつ。
そう思って見ていると、一瞬。
口元に笑みを浮かべたそのアサシンクロスは、海月を睨んで居た視線を外し
隣のザフィに向いた。何か喋っているようだが、聞こえない。
「…海月。あいつ…」
「え?あ、あぁ。えと…ちょっと知り合いっていうか、ね?」
…ね?って言われても。
何となく釈然としないのだが、知り合いなのならいいか。と思う事にした。
別に海月に危害を加える奴では無いのだろうし。
睨んで居たように見えたのも、ただ目つきが悪いだけかもしれないし。
…うん、そう思うようにしよう。
でなければ、あいつに気が行って大事な式に集中出来ない。
『相方、なの。ギルドの』
「え?」
不意打ちで隣の海月が耳打ちを飛ばして来て、素で驚いてしまった。
俺を見上げている海月は、口元に指をあてて「しぃー」っと言うような仕草。
海月の口からアサシンギルド関係の詳しい事柄を聞くのは初めてだったので、
ちょっと嬉しかったのだが…あいつが相方なのか。
海月と合うような奴には到底見えないんだが…。
言っちゃ悪いが、人を見かけで判断してはならないというののお手本のような奴だ。
それでも相方であると言う事が本当ならば、いい子である事を願いたい。
そんなこんなしている内に、式は始まった。
淡々と読み上げられる、誓いの言葉。
それに緊張しきった木ノ葉の返事が笑いを誘ったり。
指輪の交換もやっぱり緊張し過ぎの木ノ葉が違う指に、指輪をはめようとしたりと
やっぱりな感じな、懐かしい感じの式になった。
静かで淡々と進んで綺麗に終わる、などこのギルドらしく無いのだ。
そして。最後。
誓いのキスへと神父が淡々と進めると。
「マスター!がんばれー!」
「ちゃんと口にすんだぞ?」
やっぱりと言うかなんと言うか。
野次が飛ぶ。
隣で海月が笑っていた。
震える手で、木ノ葉が新婦である白雪のヴェールを返す。
すると。
「キスくらいちゃんと出来るわよ!見てなさい!」
キっと野次を飛ばしていた奴らの方を見たかと思うと。
白雪が木ノ葉の顎に手をかけ、もう片方の腕で頭を抱くようにして。
豪快に口付けてみせたのだ。
キスされた当の木ノ葉も。野次を飛ばして居た奴らも。
勿論俺達も。
そしてそれを目の前で見ていた神父も。
ぽかんとする他無かった。
まさか、新郎がリードしなければならない、式での最も重要な
誓いのキスを、新婦がリードするなんて…。
…尻に敷かれるの決定だな、木ノ葉。アーメン。
式は残り、ブーケトスのみとなった。
風鈴の音の女の子達がざわざわとしているのが見て取れる。
しかし。
神父の前に木ノ葉を置いて、くるっと振り返った白雪がトコトコと一人バージンロードを歩いて来るのだ。
何事かとみんなそんな白雪の姿を追うしかない。
「海月ちゃん、きりーつ!」
「えっ?!はい!」
ぽっこりとした腹を抱えた白雪が、力いっぱい叫んだのだ。
びくっと身体を跳ねさせながら、これまた力いっぱい返事をして海月が立ち上がった。
その時だった。俺ははっきりと見た。
白雪が海月に狙いを定め、ブーケを振り被っているのを。
「ぶっ」
ブーケは迷う所か、びゅんと音を立てて海月へ一直線。
見事に顔に直撃した。
身篭った新婦のやる事じゃない…。
唖然として白雪を見ると、今度は俺に向かってVサインをしていた。
何だと言うのだ、一体。
いや…わかるようなわからないようなわかりたくないような…。
「次は君の番だよ!海月ちゃん!!」
あああああああああ…やっぱりぃ。
あの阿呆があああああああああああ!!!
俺は頭を抱えるしかなく、海月はブーケを手に『え?何を…?え?』と繰り返すばかりで。
こうなるともう…想像しなくても展開が読めるから嫌だ。
…帰りたいです、神様神父様。
二次会があると言われたが断って帰って来た。
あのブーケストレートの後、風鈴の音の面々に散々からかわれたと言うか、
煽られたと言うか、遊ばれたと言うか…。
俺達の事を知らない面子も居た筈なのに、あいつらと来たら。
このまま放って置けば簡単にキスコールくらい起こりそうだったので、
簡単で済まなかったけど、木ノ葉と白雪にお祝いの言葉を言って、
海月はあの花束を渡して。
そしてそのままポタで帰って来たって訳だ。
ノリで出来るようなもんじゃねぇんだよ、分かってんだ。
あいつらの気持ちはそりゃ嬉しいけど、無理なもんは無理で。
誓える気持ちはあってもさ…こればっかりは。
ベッドに腰掛けて膝に肘を付いて頭を垂れていたら、ぽとりと足元にたぬきさんが落ちた。
「あ…」
拾おうと、手を伸ばそうとするのに時間がかかった。
俺の手がたぬきさんを掴む前に、すっと伸びてきた手にたぬきさんは救い上げられた。
そうして、頭の上にぽんと置かれる。
「あぁ、さんきゅ」
「どうしたの?瑠玖、何か元気ない」
隣に座った海月が、頭を肩にもたれかけて来た。
風呂上りのほこほこした身体。でも首に触れる湿った髪の毛はちょっと冷たい。
無意識にその髪に手を伸ばしていた。
「元気なんかあいつらに全部吸い取られたわー」
「あぁ。みんな相変わらずだったね」
言う海月の声は言葉には合わず、嬉しそうだった。
今の自分のギルドが楽しく無い訳ではない。
楽しい奴らが揃っているし、その中で笑って毎日を過ごせている。
でも、昔馴染みと言うか。それもまた懐かしくて楽しい訳で。
海月もそれを感じているのかもしれなかった。
「…そうやな。相変わらずやったな」
本当に相変わらず、俺達二人を普通に受け入れてくれる奴ら。
今の自分のギルドでは起こり得ない事だった。
「そういえばね」
「うん?」
「あれってどうしたらいいの?」
あれ、と指差した先にはテーブルの上で花瓶に生けられているブーケ。
あぁ、一応ちゃんと生けたのか。
貰いもんだしなぁ、一応。
「あぁ、一般的にはブーケトスでブーケを手にした子は次に結婚するって言われてはいるけども…」
「…結婚」
そう呟いて海月は口を閉ざした。
俺も俺で続ける言葉がみつからなくて、沈黙。
頭の中ではさっきまで考えて居た事がぐるぐると回っていた。
結婚とは。
世間一般の、普通の、男女の恋人が憧れ、そして辿り着くものであって。
一般的じゃなく、普通じゃない、同性同士の恋人は、憧れる事は出来ても。
辿り着く事は出来ない。
世間がそれを認めてくれないから。
一般的な奴らがそれを認めてくれないから。
「幸せそうだったね、白雪さん」
「せやなぁ」
白雪だけじゃなく、木ノ葉も十分に幸せそうだった。
昔あの二人には十二分過ぎる程世話になったので、
そんな二人の姿を見られて、ほっこりした気持ちになったものだ。
静粛なままじゃなく、やっぱりと言うかはちゃめちゃな感じにはなったけど。
本当に良い式だったと思う。
「したいか?結婚」
敢えて海月の方を見ずに、否、見る事が出来ないまま言ってみた。
多分俺は今、最高に困った顔をしていると思う。ざっくりと眉間に皺を寄せて。
海月の髪の毛を触っていた手も、いつの間にか力が抜けてベッドに落ちていた。
「うーん。俺幸せだよ、毎日。瑠玖と一緒に居られるんだもん。
結婚出来ないのは分かってる。出来たらいいなぁとは思ったけどね」
俺の顔を覗き込んで、眉間を指先で撫でながら海月は言った。
その顔は可愛いとか、愛しいとかでは表現出来なくて。
他に表現出来る言葉がみつからなくて。
だからと言って、俺の心を鷲掴みにするには十分過ぎた。
「でも、白雪さんより幸せな自信はあるよ。あぁ、でも子供は無理だから、そこは負けかな」
笑うな、そんな顔して笑うなよ。
堕ちるだろう、俺が。
どんだけ堕とせば気が済むんだ、一体。
お前の愛は底なし沼か?
それなら俺はどっぷり浸かって抜け出せねぇよ。
沼の温度が心地よ過ぎて、そんな気はいっこも浮かばない。
もういっそ、頭まで浸かってしまおうか。
お前が助けてくれなきゃ、息が出来ないくらい。
「よし、わかった」
でもな、一方的なのは無し。
お前にだって浸かって貰うぞ、頭まで。
負けないくらい、底なしなんだからな。俺の愛だって。
「瑠玖?」
俺がいきなり立ち上がったもんだから、海月はバランスを崩してベッドに手を付いていた。
この時間なら多分大丈夫だ。
俺はその手を引いて、半ば無理矢理海月を立ち上がらせる。
「行くで」
「え?行くって、何処に?ちょ、ちょっと」
訳が分かってない海月をやっぱり半ば無理矢理に引っ張って家を出た。
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