廃プリとAXのお話。
胸の鐘、カランコロン。
クリスマスが近付き、首都プロンテラの街並もツリーやらなんやらで
赤に緑、キラキラにピカピカと、ごてごてに飾られ始めた頃だった。
まだプリーストだった時にお世話になっていたギルド、『風鈴の音』。
そのマスターである木ノ葉さんから手紙が届いた。
受け取ったのは海月で、早朝の礼拝に行っている間に届いたらしく、封は開けずに俺の帰りを待っていたらしい。
「マスターから?なんやろな?」
「何か用事があるなら耳打ちでもいいのに、わざわざ手紙だからね…」
お互い顔を見合わせる。
海月の眉間には皺が寄っている。きっと俺も似た表情をしているのだろう。
しばらく見合ってから、俺はふぅと息を吐き。
何故か緊張しながら、手紙の封を切った。
「はぁっ?!」
書かれていた内容を見て思わず上がった声。
それに海月はビクっと身体を跳ねさせつつ、『何…?』と恐る恐る身を乗り出して来た。
俺がちょっと想像していたように、海月も『何か悪い事』だと思っていたようだった。
だがそれは覆される。
手紙の内容は要約すればこうだ。
脳内で容易に再生出来る独特の挨拶から始まり、
マスターとあの白雪が結婚する事になったので、
俺と海月にも式に出席して欲しいと言う。
まぁ、それならまだ普通の事だろうと思うのだが、
結婚するに至った切欠が『できちゃったから』だと言うので
俺は驚いた訳だ。あの白雪とマスターがそこまでの関係だったとは…。
俺達が居た頃からだったのか、その後だったのかは分からないが
そう言う事らしい。
海月も手紙を読んで悲鳴に近い声を上げていた。
「瑠玖…この出来ちゃったからって言うのは…」
「文字通りやないか。子供やろ」
実に羨ましい話である。
俺だって常日頃から、海月が孕んだらいいのにと思いながら抱いてんのに。
所詮は男同士、叶わぬ夢だとはわかっていても、だ。
畜生、木ノ葉の癖にー!!!!
「どしたの、瑠玖?皺寄ってるよ」
海月が俺の眉間を指先でさすってくる。
どうも、怒ったような険しい顔をしていたらしい。
いかんいかん。
「うーん、あのマスターと白雪がなぁと思てなぁ」
「あぁ、そうだねぇ。俺達が居た頃はそんな感じなかったもんね」
「なぁ」
二人してうんうんと頷き合いながら、とりあえず欠席する理由も無いので
同封されていた出席・欠席を問うカードの出席に丸をして、
簡単に祝福の言葉を並べた手紙を付けて、封筒に押し込み。
買い物のついでに、ポストに投函する事にした。
式の日程はクリスマス。
ちょうどルティエで式を挙げられる時期なのでそうしたのに違い無い。
益々羨ましい。そして腹立たしい。なんとも言えない気持ちだった。
式、当日。
海月と、普段の服装ではいかんのでは無いかと言う話になり、
式までまだ時間もあったので、ぶらぶらと露店街を見に行った。
こ洒落た洋裁の店であーでもない、こーでもないと服を見つつ。
でも、お勧めされるのはなんと言うのか礼服のようなものばかり。
詰まる所のスーツや燕尾服、タキシードと言った感じだ。
それじゃあ新婦と被るんでは無いのかとの意見の一致により、
いつもの服装。結局の所、俺はハイプリーストの正装。
海月もアサシンクロスの正装で行く事にした。
少々無駄な時間を費やしたが、途中で祝いの品になるような物も
みつけられたので。まぁ、よしとしよう。
海月はちょっと豪華な花束なんかを買っていた。
白雪に渡すつもりなのだろう。
海月は昔から白雪にべったりとお世話されていたので、
その恩を気持ちで表したいのだと思う。
まぁ、俺も十分過ぎる程世話にはなったのだが。
海月の方が可愛がられていたのは事実だ。
仕方ない、可愛いんだから。海月は。
「…何。ニヤニヤして」
「え?いやぁ、お前は可愛い奴やなぁと思てなぁ」
「なっ何それ!こんなとこで言う??」
「ええやん、こんなとこじゃ誰も聞いてへんて」
「…恥ずかしいからやめて」
大きな花束に顔を埋めるように、海月は赤くなってしまった。
だから。そういうのが可愛いんだっつぅの。
無償に抱き締めたい気持ちをぐっと我慢して、そう。ぐぐっとここは堪えて。
会話には耳を傾けないだろうが、それを行動に移すとなると
人通りは多かれ男同士が抱き合って居れば、目につくのは白日の下なのだ。
勿論、手さえも繋げないので、不自然にならない程度に身を寄せて歩いた。
家に着いたら。家にさえ着けば開放される…。
「うわっ」
家に着くなり後ろから抱き付いたので、びっくりしたらしい海月は
抱えていた花束をバサっと床に取り落とした。
「もぅ、何すんのー」
そして俺は怒られた…。
海月に触りたかっただけなのに。
そんな俺の想いをよそに、海月は花束を拾い上げると花が崩れて無いかチェックしていた。
それを見て、ちょっと悪い事をしたな…と反省。
今日は俺達がメインでは無く、マスターと白雪がメインの日なのだ。
それを忘れてはいかんいかん。
「え、あ、海月?!」
花束をチェックし終わったらしい海月が真正面から抱き付いて来たのだ。
驚かない訳が無いだろう。
柄にも無く狼狽して、抱き締め返す事も出来ず視線を彷徨わせて居たら
例の花束はしっかりとテーブルの上に置かれていた。
「あのね、瑠玖。こうしたかったのは俺も同じだからわかるけどね。
買い物帰りの不意打ちはダメ。花束だったからよかったようなもので
これが食材だったら全部無駄になっちゃうんだから」
胸の辺りにぎゅうと頬を押し付けながら海月は諭す。
確かに、食材だったらぐっしゃぐしゃになってしまうだろう。
それで泣きを見るのは他でもない、料理担当の俺なのだ。
「そうやな、ごめん。気ぃつける」
そこでやっと俺の腕は動いて、海月を抱き締め返す事が出来た。
ふわふわの金髪に口唇を落とすと、つられるように海月は顔をあげる。
視線が合うと優しく微笑んでくれて、そのまま目を閉じた。
今度は俺がそれにつられた。
そっと口唇を重ねる。
正直な事を言えば、舌を入れたかったし。
腰をもっと引き寄せたかったし。
このままベッドに…なんても思ったんだが。
今日の俺はちょと偉い。褒めて欲しいくらいだ。
「よし、準備して行くか」
数秒、ただ口唇を合わせるだけのキスをして。
海月の頭を撫でながらそんな事を言ってのけた。
ただエロいだけの男じゃないんですよ、俺。
「うん」
海月は照れたような笑顔を浮かべ、俺から離れて行った。
うん。たまにはこんなのも悪くない。
我ながら柄じゃないなと思いつつも、きっと海月と似たように照れたような顔をしているんだろうなぁ。
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