廃プリとAXの昔話。
眩しくて目を覚ました。
こんな事は初めてだった。自分の家のベッド側には窓は無くて朝の日差しで起きるなんて事はまず無かったから。
目を開けて身を起こして部屋の中を見渡してようやく気が付く。
ここは瑠玖の家だ。
昨日の夜中に来て、そのまま泊まったのだった。
「そうだー・・・泊まったんだー・・・」
言いながらまたベッドに倒れこむ。
部屋の中に瑠玖の姿は無かった。出掛けたのだろう。
瞬きをする瞼が重たい。泣いたせいだろうか。
何年振りだろうか・・・あんなに泣いてしまったのは。
ひとしきり泣き終えると気持ちは落ち着いてスッキリしていた。
ちょっと声を張りすぎて枯れてしまったような気はするけれど。
「泣き止んだか?」
腕を離して尋ねてくる瑠玖に頷いて見せて、タオルで顔に残った涙と鼻水を拭いた。
自分で洗いたかったけど、後で洗っとくとタオルは瑠玖に奪われてしまった。
「どや?スッキリしたやろ?」
「うん。ありがとう」
出した声はやっぱり掠れていて、しかも鼻声。
自分の声じゃないみたいで可笑しかった。
だから笑ったら、瑠玖にそれを笑われた。
「さっきまで泣いとったのにもう笑っとる。単純な奴やなぁ」
「単純で悪かったねー。迷惑者は帰りますよーだ」
べーっと舌を突き出して、本当に帰ろうと立ち上がる。
足元を見て、あぁ靴履いて来なかったんだ、と思ったが、まぁいいかと気にしない事にした。
裸足で来れたんだから帰れると単純に思ったのだ。
すると後ろから瑠玖が肩にのしかかってきた。
体重をかけているようで、なかなかに重たい。
「何?」
「こんな時間に未成年が出歩いてちゃいけませーん。騎士団に補導されてまうで」
俺みたいに。と続けて瑠玖は海月の耳元でケタケタと笑った。
それが妙にくすぐったくて首を竦める。
聖職者が補導されてどうすんだ、と心中で突っ込みをいれていると。
「泊まってけや。折角やし」
一体何がどう折角だと言うのか分らなかったが、落ち着いてスッキリしたら急に眠たくなったのも確かなので
お言葉に甘えて泊まらせて貰う事にした。自分の家のベッドよりも、瑠玖の家のベッドの方が上質で何より広い。
取りあえず顔と足の裏を洗わせて貰った。裸足で来てしまったので黒く汚れていた。
瑠玖は家の中を靴のまま歩き回るのでスリッパを貸して貰った。
それを履いてペタペタと歩き回り、喉が渇いたので水も貰った。
自分の家より広いそれを一回り堪能すると、ベッドに入った。
先に入ったので自動的に壁際になる。
パンツいっちょのままで布団に入って来ようとする瑠玖を見て海月は眉を寄せた。
「あのさ、何か着ないの?」
「え?俺いつも寝る時はぱんいちなんやけど」
ケロっと言ってのける瑠玖に益々海月の眉間の皺は深くなる。
部屋の中は暗いのでそれは瑠玖には見えていないのだが。
「今日は俺が居るんだからなんか着てよ。ほぼ裸の人と寝たくないんだけど」
憎まれ口を叩いてみせる。
本当は恥ずかしかっただけ。
先程触れた瑠玖の背中が余りにも暖かくて、まだその感触が指先に残っていたから。
あの時思った事もまだ強く覚えている。その思いだって全く変わって居ない。
こうして同じベッドで一緒に眠れる事が、本当は嬉しくて仕方なかったのだ。
少しだけ、変だと海月は思った。
いくら幼馴染だとは言っても、自分も瑠玖も男なのに。
こう言った感情は普通女の子に持つものじゃないのだろうか。
だが、未だきちんと女の子を好きになった事のない自分にはよくわからなかった。
なので、自分は幼馴染として瑠玖を大切に思っている。
だからそれでいいのだとほぼ無理矢理に結論つけたのだ。
「しゃーないなぁ、じゃあなんか着て来るから待っとけ」
言って、瑠玖は部屋の奥へ行ってしまった。
ぽつんと独り。人の家のベッドの中。
自分の家のそれとは違うふわふわの布団の中で海月はとろとろと瞼を閉じそうになる。
だが、瞬間。
何か鈍い感触が手を支配してはっと目を見開いた。
両手の平を広げて見ても何も付いてない。でも何かがこびりついてるような気がしてぶんぶんと手を振った。
拭えない何か分らない感触。
再び海月を支配していく謎の恐怖感。
身体を丸めて瑠玖を待った。
触りたい。瑠玖に。瑠玖の身体に触りたい。
頭の中でそれをずっと呪文のように繰り返す。まるでそうしないと治らないかのように。
「どや、これやったら文句ないやろ?」
瑠玖が半そでのシャツに膝丈のズボン姿で戻って来た。
これは彼なりの妥協なのだろう。
その姿を見て海月は手で輪を作ってみせる。
「オーケー」の印。
ありがとうございます、と頭を下げてやっと瑠玖は自分のベッドへと潜り込む事が出来た。
ふぅと息をついて寝る体勢に入ろうとする瑠玖の身体に、そっと海月は手を伸ばした。
身体の何処でもいい。触れられれば、多分。多分、治まる。
ゆっくりと動かした手は、ちょんと瑠玖の脇腹辺りを突いた。
瑠玖は潰されたロッダフロッグのような唸り声を上げて身体を反らした。
どうやら、弱点を突いてしまったらしい。
「何すんねん、お前ー」
「ご、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど」
「じゃあ一体どう言うつもりじゃー」
お返しとばかりに身体のあらゆる所を突いてくる瑠玖に抵抗しながら
海月はえっと、と息を飲んだ。
その様子に瑠玖もぴたりと動きを止めて、聞き耳を立てている。
「なんか手に変な感触があってね。瑠玖に触ったら治るかなーって」
「そうやったんか。そんなら触れ。ほれほれ」
言いながら海月に向かって胸を突き出して来る。
それに半分笑いながら、海月はぺたっと瑠玖の胸板に手の平をつけた。
どくんどくんと鼓動が伝わってくる。
布越しだけれど、やっぱり暖かい。
そう思っていると、あれかな?寧ろ俺が触った方がええのかな?
呟いた瑠玖が身体を元の位置に戻して、何をするのかと思えば
腕を海月の頭の下へ通し抱き寄せた。
瑠玖の胸板を触っていた形で固まっていた両手を掴むと、自分の胸元でぎゅうっと握り締める。
「どう?変なん消えた?」
言葉にならなくて、海月は頷くしか出来なかった。
暗くて見えないが、気配で頷いたのが分ったのか。瑠玖は満足そうに「そかそか」と呟いている。
恋愛経験の無い海月でも分る。
これは、腕枕と言うやつだ。
恋人同士が一緒に眠る時に男性が女性に対してするのだ。
それを今、自分が瑠玖にされてしまっている。
瑠玖にとってはなんて事ない事かもしれない。
ただ、海月の事を心配しての行動だったかもしれない。
だが、海月にとっては違った。
心臓がありえない程に跳ね、寝るどころでは無くなってしまった。
どうしようも無い程に嬉しくてたまらなかった。
近くで感じる瑠玖の体温が嬉しい。
近くで聞こえる瑠玖の息遣いが嬉しい。
頭の下にある瑠玖の腕が嬉しい。
髪の毛を弄んでいる瑠玖の指先が嬉しい。
何もかもが嬉しいに繋がった。
そして思った。
やっぱり自分は変だと。
瑠玖に抱いている感情がおかしいのだ、どう考えても。
幼馴染を兄のように慕う、の域を完全にぶっ飛んで越えてしまっている。
性別さえも。
「せや、怖い夢とか見ぃひんようにおまじないな」
言った口唇がちょんと額に口付けた。
これが決定打になった。
「なんちゃってー。おやすみな」
瑠玖は海月の頭をわしゃわしゃと撫でて、ひとつ深い呼吸をすると眠りに入って行った。
海月は心中で確信した。
瑠玖に抱いているこの変な感情。
今まで感じた事はないが分ったのだ。これは確かに『恋』だと。
ベッドの中で思い出して海月は一人ばたばたと悶え苦しんだ。
顔がにやけてしまって仕方がなかった。
だけど。と思う。
多分、これは片思いと言うやつで恋人同士になるには、瑠玖にも男である自分の事を
好きになって貰わなけらばならないと言うとてつもなく大きい壁があった。
瑠玖とはずっと一緒に居たい。
だから出来れば恋人同士になりたいと思った。
でも、自分も瑠玖も男。
男同士で恋人になんてなれるのだろうか。
そんな恋人同士、見た事が無かった。
海月が知らないだけで、世間には結構居たりするのだが。
そこはそれ、あれはあれ。色々と事情と言うモノが存在するのだ。
「うーん、どうしたらいいのかなぁ」
呟いてごろりごろりとベッドの上を転がりながら考えてみる。
今までの様子から考えてみると、多分瑠玖は女の子が好きだ。と、思う。
女の子に対しては結構紳士的で優しい。
プロンテラの街中で結構女の子と話をしているのを見かける事もあるし、
昔に参加した臨時パーティでは女の子を率先して守って居た。気がする。
幼馴染と言う立場から考えてみると、小さい頃からずっと一緒に居た分
知らない事は殆どと言って良い程に無いので、不利かもしれなかった。
今お互いに知らない事と言えば、2次職に転職してからそれぞれ通うようになった
アサシンギルドと教会の内部事情くらいだ。
狩りの時の癖も良く知っている、相性の良い相方でもあるのだ。
再びうーんと唸り。
むくり、と海月は起き上がった。
取りあえず、相談をしてみよう。
どうするかは、それから考えて行動に移してみる。
「取りあえず、帰るか。この格好じゃ会いに行けないもんな」
ベッドから降りてスリッパを履くと、テーブルの上の物が目に入った。
何かメモが添えてある。
『朝飯抜いたらあかんで。良く噛んで食べる事!』
今が朝、と呼べる時間かどうか分らないがせっかく用意して行ってくれたのだから戴く事にした。
いただきます、呟いて皿の上に乗せられた布を取ってサンドイッチを口に運ぶ海月だった。
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