廃プリとAXの昔話。


 下を向いて歩くのが海月の癖である。
 別に何か後ろめたい事がある訳では無くて、背筋を伸ばして歩いていてもいつの間にかそうなっている。
 小さい頃は女の子っぽい容姿のせいで良くいじめられていて、それがコンプレックスになり
 自分から下を見て歩いて居たが、強くて面白可笑しい幼馴染のお陰でそれも乗り越えた。
 可愛いと言われる事も別に気にしなくなった。それすらも受け入れて自分だと思えるようになったから。
 別にナルシストになった訳ではないけれど。自分の顔は嫌いではない。
「おっかえりー、海月ちゃん」
 陽気な声で迎えてくれたのはギルドのマスターだった。
 下を向いて歩いて居ても、たまり場に辿り着けるようになったのはちょっと凄い事だと思う海月である。
 顔を上げるとマスター以外の人物は居らず、マスターはいつもの定位置に腰を下ろして居た。
 真っ青な髪を後ろで軽くひとまとめに結っている。職業はウィザード。名前を木ノ葉と言う。性別は男。
 ウィザードにはお堅い奴が多いが、彼は陽気な性格でとても人当たりが良い。
 時々突拍子も無い事も言うが、みんなが慕ういいお兄さんなのだ。
「あれれ、なんか怪我だらけだねぇ。大丈夫?」
「あ、はい。殆ど掠り傷みたいなもんなんで大丈夫です」
 ちょっとだけ嘘を付いた。虚勢を張った。
 掠り傷ではない。切り傷だ。でなければ、消毒の時に痛みを堪えたりなんかしない。
「僕がヒールを使えれば治してあげられるのにねぇ、しくしく」
 木ノ葉はうぅっと泣き真似をして見せる。
 一応ヒールクリップがあれば誰でもヒールは使えるが、Lv1だ。
 海月がアサシンギルドでして貰った応急処置と変わらないだろう。
 泣き真似をする木ノ葉を海月は「まぁまぁ」と宥める。
 そうしているとたまり場内に魔方陣が出来、ひゅんと人影が現れた。
 それも一つではない。一つ二つと段々と増えていく。
 狩りに行っていたパーティが帰って来たのだろう。
 海月は邪魔にならないよう木ノ葉の隣に移動した。
「うへー、疲れたぁ」
「みんな倒れ過ぎだよー青石無くなるかと思ったじゃん」
「沸き過ぎてたからな」
「MEも居ったもんなぁ」
「瑠玖、ME取れば」
「俺が取ってどうせぃっちゅうねん」
 会話に混ざる関西弁に笑いが起こる。
 海月もその関西弁に反応していた。
 パーティの中で関西弁を喋っているのはファントムマスクを付け、頭にやる気のないたぬきを乗せたプリースト。
 手にはチェインが握られている。どうやら殴り型のプリーストらしかった。
 そんな彼がME=マグヌエクソシズムを取っても確かに余りに意味が無い。
 彼の名前は会話の最中にも出て来たが、瑠玖と言う。ミント色の柔らかそうな髪色。
 ゲラゲラと笑っていたかと思うと、海月に気が付いたのか「よう」と言わんばかりに片手を上げた。
 返すように海月も片手を上げる。
 すると瑠玖は突然眉を寄せたかと思うと、仲間を掻き分けるようにずんずんと進んで海月の前へ出て行き
 片手でファントムマスクを取りながら、もう片方の手で海月の腕を取った。
 ちくん、と海月の身体を痛みが刺す。思わず顔をしかめてしまった海月である。
「お前これ、どうしたんや?!」
 顔が険しい。怒っているのだろうか。
 瑠玖の言葉と声色に他のギルドメンバーも海月の方を向く。
 集まる視線が痛くて、海月は下を向いた。
「下向いてへんで答えろ」
 ぐっと顎を持ち上げられ強引に上に向かされる。
 心配そうに見守るギルドメンバー。
 海月の隣に座る木ノ葉はおろおろとしながらも「瑠玖、そんなにしないでも・・・」と声をかけてみる。
 すると。
「マスターもマスターや。隣に居ってなんで気ぃ付かへんねん、この怪我に」
「いや、だってね?掠り傷で大丈夫だって海月ちゃんが言うからね?」
 少し後ずさりながら木ノ葉は告げた。
 そこで海月は「あぁ、終わった」と思った。
 嘘を付いたのが、虚勢を張ったのがばれてしまった。
 瑠玖と海月は昔からの付き合いである。いわゆる、幼馴染と言うやつだ。
 昔いじめられていたのを助けてくれたのも瑠玖だったし、コンプレックスを乗り越える切欠をくれたのも瑠玖だった。
 冒険者になろうと誘ってくれたのも瑠玖だった。アサシンになる事だけは自分で決めたけれど。
 瑠玖は海月の弱々しかった性格に鞭打ってくれた。
 強がって強がっていつもそれに負けてしまうから、虚勢は張らないように叱ってくれていた。
 それなのに・・・。
「あ・・・瑠玖、ごめん」
 顎を掴れたまま、視線は逸らさずに海月はしっかりと瑠玖に謝った。
 別に強がりたかった訳じゃなくて。
 アサシンギルドで負った傷だから言い難かっただけなんだと。
 そう、伝えたかった。
 だけどみんなの、ギルドメンバーの前じゃ言えなかった。
 中にはアサシンギルドがある事は知っていても、何をしているのかを知らない人だって居るのだ。
 知らない人は知らないままの方がいい事だってある。
 瑠玖は深く溜息をつくと、海月の腕を引っ張って立ち上がらせた。
 また身体に刺した痛みに顔を歪めそうになるが、海月はなんとか耐える。
「・・・瑠玖、清算」
「俺、いいわ。みんなで分けて」
 瑠玖のその台詞に「あ、はい」と揃って口にした。



 連れて来られたのはピラミッドダンジョン近くにあるオアシスだった。
 小さい頃からよく水遊びに来る場所。
 水がとても澄んでいて、聖水を作るのに最適だとも言われている。
 着いて早々、海月は瑠玖に「服を脱げ」と命じられた。
 困惑していると、掴み掛かって来て無理矢理にでも脱がそうとして来るので
 それだけはやめて、とお願いして自分で脱いだ。
 まぁ、脱いだと言っても全裸ではないのだが。
「こらまた、派手にやられたもんやな」
 海月の全身の傷を見て、瑠玖は感嘆にも似た息を漏らす。
 泉の縁に腰掛けている海月の身体、その傷口に丁寧に水をかけてやりながらその反応を見ている。
 海月は眉を寄せ顔をしかめて、耐えるように下口唇を噛み締めた。
 沁みるらしかった。
「何と闘ったん?」
「えっと・・・」
 思い出そうとしたが、任務中にあった出来事だった為にすっぽりと記憶から抜け落ちている。
 あの薬がちゃんと効いている証拠だが、あいつだけは覚えておきたかった。
「だめだ、忘れた」
「忘れたってお前・・・今日の話やろ」
 呆れたように言いながらも瑠玖は傷口に水をかけ続ける。
 そして気付いたようにはっと顔を上げるとずいっと海月に顔を寄せた。
「な、何?」
「あれか、アサシンギルド関係か」
 ばすん、と図星を突かれて返答に困る海月。
 その顔を見て一人頷く瑠玖。
 どうやら彼の中では話の辻褄が合ってしまったようで、納得したようにうんうんと頷いている。
 そういえば、と海月は思う。
 自分がアサシンに転職してアサシンギルドに加入し、『仕事』をするようになってから。
 瑠玖がアサシンギルドについて尋ねて来たのは初回の一度だけだった。
 初めて『仕事』をした日は内容を瑠玖に話したくて仕方なかったけれど、あの薬を飲まなければならなくて
 聞かれてもすっぽりと抜け落ちた記憶が戻って来る事は無く、ただ「アサシンギルドに行って仕事をして来た」としか伝えられなかった。
 今もそれは変わらない。だけど、瑠玖はただ「おつかれさん」と言ってくれる。
 まるで、自分が何をしているのか知っているかのように。
 もしかしたら、その気になって調べれば任務の内容には届かないにしても、何をしているのかまでは調べる事が出来るのだろうか。
 瑠玖は知っているのかもしれない・・・、と思うと海月は心配をかけているのだろうかとちょっと不安になった。
「まぁ、それやったらしゃーないわなぁ」
 それにしてもこの応急処置手荒いな、とブチブチ文句を言いながらやっと傷口を洗い終わった瑠玖である。
 応急処置が手荒いのは処置したのが救護班とは言えアサシンクロスだからで。
 救護のプロであるプリーストからしてみれば、子供のままごとか素人のそれにしか見えないのであろう。
 アサシンギルドの救護班も涙目である。
「でさ、俺いつまでこの格好?」
 チリチリと肌を日に焼かれながら眩しさに目を細めて海月が問う。
 ブーツを脱いでズボンの裾を巻くり上げ泉に脚を浸しながら、タバコに火をつけると言うとんでも行為に走ったプリースト。
 瑠玖はちらりと海月を目だけで見て、また視線を戻し。
 ふぅと紫煙を吐いてから答えた。
「乾くまでやな」
「もう乾いてんじゃないの?」
「あほか、傷が乾くまでや。この日差しやったらコレ吸い終わるくらいには乾くやろうから我慢しいや」
 慣れた手付きでタバコを吸う瑠玖だが。
 聖職者の前にまだ未成年である。
 咎めたくてたまらない海月だったが・・・彼には返せない恩が沢山あるので言いたくても言えなかった。


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