廃プリとAXの昔話。
それは突然始まるもの。
お互いに肩を抱き、それぞれに蝶の羽を噛み千切った。
やっとの事で『仕事』を終えた二人は、報告の為にモロクにあるアサシンギルドへと帰還して来た。
任された任務はとある事件の情報収集だったが、だからと言って簡単なモノと言う訳ではなく。
変装してとある場所へ忍び込むのはまだよかったが、
少し背伸びをしなければ倒せないモンスターと闘わなければならない場面もあった。
今回の任務は少しばかり二人には大変なモノだった。
「おい、どうしたんだ二人共!ぼろぼろじゃないか」
ギルド内に戻って来た二人の姿を一番に気付いたアサシンクロスの女が声をかけてくる。
彼女の名はアリエルと言った。薄桃色の長い髪の毛を頭のてっぺんに近い位置で結んでいる。
ギルド内ではトップクラスのアサシンクロスであり、ギルドのリーダー的存在。
アリエルは二人がアサシンギルドへ入った頃からよく面倒を見てくれていた姉的な存在でもある。
だからだろうか。
二人はアリエルの姿を見た瞬間、その場へと膝を付いた。
安心したのだろう。力が抜けてしまったのだ。
「キエル!お前この子達にこっちの方やらせたんじゃないだろうな?」
『こっち』と言う言葉とともに親指だけを突き出した手で首元を真一文字に引いて見せる。
アサシンギルド内での『仕事』には主に2種類ある。
一つは今二人がこなして来た、いわゆる『情報収集』と言う仕事。
もう一つはアサシンの名に相応しい『暗殺者』としての仕事。
アリエルの言う『こっち』が指すのは後者の方である。
キエルと呼ばれた男のアサシンクロスは、カウンターの奥で何かの書類に目を通したまま
首だけを横に振った。キエルもまたトップクラスのアサシンクロスだが
今は任務に就く事は殆どなく、ギルドに所属するアサシン達の管理担当を行っていた。
「とにかく、お前達こっちで休みなさい」
「でも、報告が」
金髪のアサシンがぎぎぎっと音が鳴りそうなくらい重たそうに頭を上げてアリエルを見遣る。
そんな様子にふぅと溜息をつき、アリエルはその金髪をくしゃりと撫でた。
「それもこっちで聞く。ほら、立って」
二人の間に割るように立ち入り、肩を貸してほぼ無理矢理に立たせた。
小さな声で「すみません」と金髪が零して頭を垂れる。
もう片方の赤毛のアサシンは意識が無いようだった。
確か、少しレベルが低かったんだっけ。とアリエルは心中で呟く。
次に任務に就かせる時は同じ位のレベルにさせとかなきゃだめだな。とも呟く。
幸いな事に二人には所属しているギルドがあって、それぞれ狩りの相方がいるようだし。
目標レベルを宿題にしておけばいいだろう。
「さて、まずは報告からだな」
金髪の方は男なので多少乱暴にベッドに下ろした。
赤毛の方は意識が無く、女なのでゆっくりとベッドに下ろして布団をかけてやる。
二人共結構身体に傷を負っていた。幸い傷には深いモノは見受けられず血は止まっている。
あとで応急処置をしてやろう。
赤毛のアサシンに背を向けてアリエルは金髪のアサシンへ視線を向けた。
金髪のアサシンはベッドに腰掛けた状態で、一つ頷き「えっと」と呟いてから報告を始める。
「なるほど、そう言う事か。そう言う裏があれば辻褄が合うな」
金髪のアサシンの話を真剣に聞きながら丁寧に書類に書き記していたアリエルは顔を上げて頷く。
報告を終え、晴れて任務終了となった金髪のアサシンはほっとしたのか深く息を吐いた。
その様子に可笑しさを覚えたのか、アリエルは少しだけ声を上げて笑う。
「海月、お前は毎回毎回そうだなぁ。初めての任務ではあるまい?」
「そうですけどー・・・まだなんか緊張するんですよ」
金髪のアサシン―海月は頭を掻きながら苦笑を零す。
照れても居るのか顔はほんのりと赤い。
その様子が男の癖に可愛らしく見え、アリエルは金髪を今度はぐしゃぐしゃと掻き乱した。
アリエルは女だが高レベルの為海月より力が強い。
そして海月は今、任務後の疲労の為身体に力がうまく入らず、ふらふらのよれよれの状態だ。
掻き乱された頭はアリエルの手の動くままに前後左右に揺れに揺れ、
海月の身体は平衡感覚を失いばたりと背中からベッドへと倒れ落ちた。
勿論、アリエルの手ごと。
「・・・」
「・・・」
二人共視線を合わせたまま無言である。
アリエルが咄嗟に海月の顔の横に手を付き、完全に重なる事は防いだが下半身は見事に密着。
お互いの脚の間に脚が挟まっている状態。
なんと言う事か、男である海月が女であるアリエルに押し倒された形になってしまっていた。
ずっと視線を合わせて居る事が恥ずかしくなったのか、先に視線を逸らしたのは海月の方だった。
だが、逸らした先が間違っていた。
左右どちらかに逸らせば良いものを、いつもの癖で下に逸らしてしまった為に
思い切りアリエルの胸の谷間が目に飛び込んで来てしまったのである。
褐色の、それは大きな双丘。大人の身体だった。
「!」
そこからの海月はもうパニックだ。
視線は上下左右を彷徨って一定方向に定まらない。
何か言おうと口を開いたが、何故か言葉が出て来なかった。
・・・怖かったのである。
アリエルの方はただただ驚いていた。
こんなに簡単に男って押し倒せるものなんだ、などと心中で呟いていた。
だが、海月の様子がおかしくなったのを見て首をかしげる。
照れているのだろうか。そう思い、笑い出しそうになった時。
「一体何してるんですか・・・?」
疲れたような冷めたような。そんな声が後ろからぶつかって来た。
首だけ捻って後ろを向いてみると、赤毛のアサシンが起き上がってこちらを見ていた。
冷めた目で。
「あ、これは・・・」
「かなーんったすけてぇ」
海月が赤毛のアサシン―華楠に涙混じりの声でようやく助けを求めた。
その台詞に驚いて、アリエルは海月を見遣る。
華楠は一つ溜息を吐いた。
「助けてってお前、これは事故だろう?押し倒したくて押し倒したんじゃないぞ?!」
「じゃあ、降りて下さいよー。アリエルさん怖いですよ」
「怖いってお前・・・何もしてないだろうに」
「何かしてたら犯罪です」
二人の会話にぴしゃりと華楠が蓋をする。
その台詞にアリエルはぴたりと止まり、そうっと海月から離れた。
アリエルが離れたや否や海月は起き上がり、ダッシュで華楠のベッドへ飛び込むと
彼女の腰の辺りに抱きついてぶるぶると身を震わせる。
その様子はまるでいじめられたポリンかルナティックか何かのようだ。
そっと海月の頭を撫でながら華楠はアリエルに目を向けた。
「いくら海月が可愛いからって、押し倒すのはどうかと思います」
「いや、だからあれは事故なんだってば」
「海月は女性経験がまだ豊富では無いんですから、遊ばないで下さい」
「違うんだっての」
華楠はアリエルの言葉に耳を貸さず、よしよしと海月を宥める。
その様子を見てアリエルは、私は怖くて華楠ならいいのかい・・・と心中で海月に突っ込みを入れるのだった。
ゆっくりと睡眠を取った後、二人は救護室へ行くように言われていた。
任務で負った怪我の処置の為だった。
処置と言っても、傷の消毒に申し訳程度の薬を塗り包帯を巻くだけ。
深い傷ならば多少縫ったりもするが、今回二人にはそんな傷は無いのでそれは免れた。
「っ」
まだ少し痛むのか、消毒の時息を詰めるように海月も華楠も痛みを我慢した様子だった。
今日負って来たばかりの生傷である。当然かもしれない。
けれど、この程度で済んで良かったと、アリエルは思っていた。
アサシンギルドでの任務は海月と華楠のように二人一組で行動をする。
必ず男女ペアと言う訳ではなく、大体レベルの近い者同士が選ばれる。
海月と華楠は元々同じギルドで生活していた訳ではなく、アサシンギルドに加入してからの付き合いだ。
息が合わずに衝突し任務の途中で片割れが行方不明になったり、死亡してしまうケースが多々ある中で
この二人は始めから息がぴったりで、成績もなかなかのもの。
これからが楽しみだ、とアリエルは思うのだった。
「ほれ、まだ任務は終わってないぞ」
ぽい、ぽいとアリエルは二人に向かって何かを投げ渡す。
薄緑色をした小瓶だ。
これはアサシンギルドでの『仕事』に関わる記憶のみを消すと言うとても都合のいい薬。
一体何が製造材料で、一体誰が作っているのか全く分らない、思い切り怖い代物だが
任務を終えてアサシンギルドから日常へと還って行く時には、必ず飲まなければならない。
記憶を持ったまま日常へと戻り、何も知らない一般人との会話の中で
うっかりと『仕事』の事を喋ってしまってはアサシンギルドの存続にも関わってくる。
それにアサシンが請け負う『仕事』の量は並大抵ではない。
その記憶が蓄積したまま日常生活を送っていて、いつ日常の記憶と『仕事』の記憶が混ざり合ってしまうか。
混ざってしまっては最後、どちらが『自分』なのかが分らなくなり狂ってしまうと言う危険性がある。
その為の処置なのだ。
二人揃ってコルクの蓋を開けると、鼻を摘んで飲み干した。
飲み下した後眉間に皺を寄せたり、唸ったりしている。
どうやら、まずいらしい。とても。
それを見てアリエルはケラケラと笑った。
「これはいつまで経っても慣れそうにないなぁ」
「そうね」
海月と華楠は顔を見合わせて苦笑する。
そこへアリエルも顔を寄せ。
「安心しろ。私も未だ苦手だ」
それを聞いて二人が笑い出し、その二人の肩を抱いてアリエルも笑った。
ひとしきり笑い合った後、二人はぺこりとアリエルに頭を下げて、アサシンギルドを後にした。
二人には宿題が出された。
次の任務までに、レベルを80台にして来る事。今のレベル差を±1程度にしておく事。
アサシンギルドでは常に一緒の二人も、日常に戻れば別々である。
所属しているギルドが元々違うのだ。
だから耳打ちで連絡を取り合う約束をした。毎日定刻に。
お互いに狩りの相方が居る事は知っている。
相方に「レベルを上げたい」と頼めば理解はしてくれるだろう。
問題は次の任務がいつなのか、と言う事だけだ。
任務に予定なんて存在しない。『仕事』は毎日誰かが請け負って居て、ある日突然に呼び出されるのだ。
呼び出されれば行かなければならない。そこで説明を聞き、承諾して任務として成立する。
まぁ、宿題を出して来たのだから、レベルが80になるくらいの猶予は見てくれるだろう。
まずは今日闘ったモンスターくらい倒せるようにならなければ。
「宿題、頑張らないとなー」
「そうね、今73だからあと7上げないとなんないわ」
うーん、と華楠は腕を組んだ。
「俺は76だからあと4かぁ。とりあえずは80だよね、目標」
「そうね、ちょっと必死狩りになっちゃいそう」
華楠は困ったように苦笑する。
ふと華楠が顔を上げた。空を斜め上に見上げて居る。
だが、その視線の先は何も見ては居ないようで何処か定まって居ない。
「華楠?」
「あ、ごめん。ギルドチャット。なんかこれから集会みたい、先行くね」
「うん、わかった。じゃあ、また」
「またね」
パチンとハイタッチすると、華楠は海月に背を向けて走って行った。
海月もモロクの街をギルドのたまり場に向けてゆっくりと歩き出した。
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