廃プリとAXの昔話。


 数年後・・・。

 瑠玖と海月はモロクにあるギルド「風鈴の音」のたまり場に居た。
 二人の姿は転生2次職であるハイプリーストとアサシンクロス。
 無事にレベル99を達成し、念願だった二人の家も買い。一緒にも暮らし始めた。
 そして今日。また新たな一歩を踏み出そうと決意してやってきたのである。
「そっかー。二人がそう決めたんなら、何も言わないよ。新しい事を始めるのはとてもいい事だと思うしね」
 二人の目の前で濃い紫色をした座布団に座っているのはハイウィザード。
 このギルドのマスターである、木ノ葉だった。
 瑠玖と海月は二人で新しいギルドを作る為、その報告と承諾を得る為にやって来たのだった。
 このギルドには十分にお世話になった。まだまだここに居る仲間達と一緒にやって行きたいと思ったけれど
 転生職にもなった。この機会に新たな出会いを求めてみるのもいいかもしれないと、そう思ったのだ。
 決して、このギルドの仲間達が嫌になったとか。そう言う訳じゃない。
「ありがとう、マスター」
 揃って頭を下げた。
 にこやかに木ノ葉は微笑む。
 二人共とても立派になったなぁと木ノ葉は心中で呟いた。
 そして、二人がギルドに加入して来たばかりの時の事を思い出す。
 その時はまだ二人共1次職だった。
 臨時パーティには幾度か参加しているようだったが、ギルドには入った事が無いと言っていた。
 小さい頃からの幼馴染でノービスの頃からずっと二人一緒に育って来たと言う。
 殴りアコライトとシーフのコンビでバランス的には良さそうだなぁと思ったのを良く覚えている。
 なかなかお金が貯められずに装備品は店売り品ばかり。
 みんなで使わない、それでいて二人が気負わないような物をプレゼントしてあげたっけ。
 その時のとても喜んだ顔が今でも鮮明に目に浮かんでくる。
 知らない事は積極的にどんどんと質問をしてくる二人で、説明下手な自分は困り果てた時もあった。
 瑠玖の方はあの性格と口の悪さなので、他のギルドメンバーと取っ組み合いの喧嘩をした事もあったっけ。
 今ではとてもいい思い出である。
 2次職に転職する時に、瑠玖の方はモンクになるんだろうと思っていたら、なんとプリーストになると言うのだから驚いた。
 海月には言わないでくれと言われたのだが、支援をしてやりながら一緒に殴って狩りをしたかったのだそうだ。
 確かに、それなら殴り型プリーストはうってつけだね、と笑い合った。
 海月の方はギルドメンバー全員が目を丸くするくらい、驚きの速さでアサシン転職試験を突破したっけ。
 この子はアサシンになる為に生まれて来たんじゃないのかなぁなんて思ったのを良く覚えている。
 殴りプリとアサシンのコンビはやっぱり相性が良くて、二人は時間があれば狩りに出かけていた。
 レアを持って帰って来ては大喜びして、白雪に代売りを頼んで、売れますようにと白雪自身を拝んでいた事もあった。
 勿論他のギルドメンバーとも狩りに行ったり、自分とも狩りに行ってくれたりした。
 その時目にした光景は多分いつまでも忘れないと思う。
 言葉で指示し合うのではなく、目配せ。目と目を合わせては頷き合って動くのだ。
 たったそれだけで相手の思う事が分り、通じ合い、動く事が出来る。
 あぁ、相方ってこう言う事を言うんだなぁと、とても深く関心した事を覚えている。
 そんな仲良し幼馴染が、実は恋人同士だったと言う事実にはとてもとても驚いたけれど。
 海月が突然居なくなってしまった時の瑠玖の真剣な眼差し。必ず探して戻ってくると言った彼は本当に連れて帰って来た。
 同性同士の恋愛事情をまだうまく肯定は出来ない木ノ葉だったが、この二人ならそう言う感じでも
 あまりおかしく思わなくなってしまったので、それはそれでよしとする事にした。
 たまり場で手を繋いでいたり、肩を寄せ合って居たりするのを見ていると微笑ましい気分になっていたのだ。
「ギルドを抜けても僕達は友達だ。いつでも遊びに来るんだよ?」
「はい!ありがとうございます」
 アサシンの頃は未成年だった海月も20歳を越えた。もう22歳。幼かった顔立ちは前よりも男のそれになっていて、立派だった。
 もう、嬉しくても悲しくても簡単には涙を流さなくなっていた。

 脱退理由:新しい一歩の為。 瑠玖さんがギルドを脱退しました。
 脱退理由:今までお世話になりました。 海月さんがギルドを脱退しました。

 二人はたまり場に居たギルドメンバー達の元へ。
 メンバーの中にも転生を果たし転生2次職や1次職になっている仲間が居た。
「卒業かー、お前ら」
「淋しくなるなぁ、いきなり二人抜けちまうと」
「何言うてんねん。マスターも言うてたで。ギルド抜けても友達やって」
 瑠玖がにんまりと笑って見せる。
 隣では海月が、そうそう、と頷いてみせた。
「でもなぁ、今までみたいに毎日は会えなくなる訳じゃん。やっぱ淋しいぜ」
「何や、お前そないに俺の事が好きやったんか」
 瑠玖がうな垂れるモンクの事を抱き締める。
 それを見て海月はちょっとだけムっとした表情をした。
 別に瑠玖にそう言うつもりが無いのは分ってる。だけどやっぱり何処か面白くない。
 それに気付いたのかモンクの男は慌てふためいた。
「る、瑠玖。おい、ちょっと!やめ、離れろ」
「淋しかったらいつでも耳打ち飛ばして来いな。会いに来たるから」
「だからー!離れろっつぅのー」
 自分を睨むような海月の目が怖い。
 モンクは力いっぱい瑠玖の事を押し返した。
 いくら殴り型と言えど、力ではモンクには敵わない。
 瑠玖は身体の力を抜いてされるがままに押し戻された。
 その頭をぺんっと海月が叩く。
 「いたっ」と反応して振り向いた瑠玖だったが、海月はふんっと顔を逸らす。
 自分のした事の重要度をよく分っていない瑠玖は、頭の上にハテナを並べて海月の顔を覗き込もうとする。
 覗かれる前に反対側へ顔を逸らす海月。それを追う瑠玖。また反対側へ逸らす海月。また追う瑠玖。
 堂々巡りである。
「・・・こう言うのも見られなくなんだなぁ」
「ホント淋しくなるわね」
 しみじみと呟く面々であった。

 一人一人と挨拶を交わし、二人はたまり場を去る事にした。
 もうギルドは抜けてしまった。余り長く居ても別れが惜しくなってしまうだけ。
「絶対遊びに来いよな?」
「G狩りとか、混ざってもいいんだからね?」
 名残惜しそうに仲間達が最後の言葉をかけてくる。
 それに頷き返しながら、瑠玖は呪文を呟いた。

 ワープポータル!!

 地面に魔方陣が広がり、その中央に光の柱が立ち上る。
「じゃあ、みんな元気でね」
 ばいばい、と言い残して海月が光の柱へと消えて行く。
 残った瑠玖に視線が集まる。
 だが瑠玖もさっぱりとしたモノだった。
「じゃ、どっかで会うたらよろしくな」
 背中を向けると後ろ手にひらひらと手を振りながら光の柱へと入って行った。
 瞬間、魔方陣が掻き消えさぁっと砂埃が舞う。
 少しだけたまり場は沈黙に包まれた。
 もう少しドラマチックな別れになるかと思って居たのに。
 やけにさらっと終わってしまった。
「いやに、軽く行きやがったな。あいつら」
「そうだな」
「それだけ覚悟決めて来たんだろうな」
「海月ちゃん、泣いちゃうかなと思ったんだけどな」
「強くなったね、海月も」
 しんみりとはしなかった。
 二人が明るいまま去って行ったからだろう。
 ギルドメンバーの心の中もやけにスッキリとしていた。
「さてー。枠が二人分空いちゃったねぇ。新しいメンバー募集しようかー?」
 マスター木ノ葉が提案をする。
 その声にギルドメンバーはマスターの周りに集まって行って、わいわいと意見を出し合うのだった。



 プロンテラは南広場。
 ここは臨時募集だけでなく、ギルドメンバーを求める者、ギルドを求める者、攻城戦の傭兵やお手伝いを求める者も数多く居る。
 瑠玖と海月もその一角に座って、新しく作ったギルドのメンバーを募集する為の、看板を立てようとしている所だった。
 ちなみにギルド名は「風雲!たぬき城」と言う。勿論たぬき大好きな瑠玖の命名。マスターも瑠玖である。
 そこかしこで立てられている看板を見ながら、どう書けばいいのか瑠玖が考えあぐねていると。
「あのさ、瑠玖」
「んー?」
 GM募集・・・新設G・・・それから・・・、などと独り言を呟きながら瑠玖は返事だけをした。
「俺、ギルドに呼びたい友達が居るんだけど。呼んでもいいかな?」
「おぅ、ええよ。すぐ入ってくれんねやったらその方が嬉しい」

 在GM募)新設GLv職不問。良い子ならOK。お話から。

 瑠玖渾身の初めてのメンバー募集看板が完成する。
 色んな人がうろうろと近くを歩き周り、瑠玖はドキドキしながらその人達を眺めていた。
 この中で誰か一人でもいい。話かけて来てくれる人はいるのかどうか、と。
 海月の方は華楠に耳打ちを送っていた。
 しばらく連絡が取れなかったのだが、数日前に「やっとアサシンクロスになった」と連絡が来たのだ。
 しかし、ずっとソロで狩りをしていたせいでか、いつの間にかギルドから追放をくらってしまっていて野良状態。
 何故だかわからないが相方もギルドを抜けたが、当然レベルは合わず一緒に狩りは出来ない。
 ギルドの方もいいギルドに巡り逢えずに困っているのだと言う。
 誘わない理由が何処にあると言うのだろう。
「海月!」
「華楠!」
 二人は思わず公衆の面前で抱き合って再会を喜んだ。
 はた目から見るとアサシンクロスのカップルそのものである。
 華楠は綺麗な顔立ち。一言で言うと美人。
 海月は可愛い顔立ちに少し大人っぽさが混じった。
 言うなれば美男美女である。
 周りから、ほぅ・・・と感嘆の声が漏れた。
 そして、それを見た瑠玖は驚いて倒れかけている。
 海月が、俺の海月が。女と抱き合うなんて!
 だがもっと驚いている奴が居た。そいつは華楠の後ろで盛大に尻餅を付いていた。
 頭に装飾用花を付け、頬紅で頬を赤くし、パイプタバコを咥えたプリースト。
 よろよろと体勢を立て直すと、華楠の脚にしがみ付いて「そいつ誰・・・?」と弱々しい声で尋ねている。
 しかし、それは華楠には聞こえなかったらしく、フルシカトだった。
「瑠玖、紹介する。アサシンギルドで仲良くなった華楠だよ」
「あぁ、そやったんか。初めまして、華楠。海月の相方の瑠玖です」
 瑠玖は座ったままぺこりと頭を下げた。
 華楠はドキっとした。
 この人が海月の相方の、恋人の瑠玖さん・・・。
 ミント色の柔らかそうな髪の毛。その頭の上のやる気のないたぬきがなんとも言えないが。
 端正な顔立ちで、キリっとしていて男前である。
 あまり馴染みのない言葉使いとイントネーションで喋る男だが、真面目でとてもいい人そうだ。
 華楠の瑠玖に対する第一印象はとても良かった。
 瑠玖はまさか海月が自分の事を相談したのが、華楠だとは思っても居ないので、自分達の事はいくらアサシンクロスでも
 気付かれて居ないと思っている。前のギルドでは公認みたいだったが、今度は自分のギルドだ。
 マスターの自分がメンバーの前で男の恋人とべたべたしていたら、多分変に思われるのでそう言う事はしないと決めていた。
「あのね、海月。悪いんだけどね、ついでにこいつも入れてやってくんないかな」
「ん?誰?」
 華楠はくるっと振り向くと、後ろに居た奴の後ろ襟を掴んで差し出した。
 されるがまま、手足をぶらんと下げて現れたのは、先程華楠の後ろで盛大に尻餅を付いていたプリースト。
 それを見て瑠玖が目を丸くした。
「蓮やんけ!」
 指をさして声を上げる。
 それに驚いて海月が瑠玖の方を振り向いた。
 華楠も、え?と驚いて瑠玖を見る。
「知ってるの?瑠玖」
「知っとるも何も同期やったんや。お前まだプリーストなんか」
 言われて蓮は「えへへ」と笑った。
 瑠玖と蓮は教会で同期だった。
 言うなれば、アサシンギルドでの海月と華楠のようなもの。
 教会での仕事は二人でしていた事が多く、教会内にある休憩室も二人で使用するよう割り当てられていた。
 蓮の事は転生する前から良く知っている。逆に言えば、蓮も瑠玖の事を良く知っているのだ。
 面倒な奴が来たなと、瑠玖は正直思った。
「そうなんですよ。こいつ一応私の相方なんですけど。突然狩り行くの辞めちゃって」
「はぁ?」
 どさっと蓮を地面に落とすと、華楠は瑠玖の隣に腰を下ろす。
 愚痴大会が始まった。
 華楠は溜まりに溜まっていたモノを吐き出した。
 転生前から突然狩りに一緒に行かなくなった事。それでソロになった事。そのまま一人で狩りをしてオーラになった事。
 そんな自分の姿を見ても「凄いなー」くらいしか言わず、自分も転生するなどどは一切言わず。
 そのソロ狩りのせいでギルドを追放されてしまったのに、ほいほいとそれについて自分もギルドを抜けて来て。
 転生してからアサシンクロスになるまでも、ずっとソロで。その間も蓮はずっと1次職の女の子の壁ばかりしていたと。
 たまに蓮をきっと睨みつけながら、華楠は瑠玖に語った。
「・・・お前最低やな、蓮」
「充電中なんです、今は」
「何意味分んない事言ってんのよ」
 馬鹿じゃないの?と華楠は蓮を冷たく見詰めた。
 華楠にずっと連絡が付かなかったのは、彼女がずっとソロで必死だったからだったんだと海月は思った。
 本当にこの蓮と言う男は華楠の事が好きなのだろうか。
 支援型のプリーストで相方として華楠の傍に居る事が出来るのに、何故その力を役に立ててやろうとしないのだろうと不思議に思った。
 何も関係ない1次職の女の子の壁ばかりしていて楽しいのだろうかと。
 けれど、華楠はこいつもギルドに入れてくれと言って来た。
 華楠はこんな奴でも放っておけないのだろう。多分、そのくらい好きなのだ。
 人を好きになる気持ちは海月にも分るので、相手がこんな奴であれ納得が行った。
「まぁ・・・とりあえず、要請出すわ。これからよろしくな、お二人さん」
「よろしくお願いします、マスター」
 瑠玖は華楠、蓮、それぞれにギルド加入要請を出した。

 華楠さんがギルドに加入しました。
 蓮さんがギルドに加入しました。

 はい、と海月が華楠と蓮にエンブレムを渡す。
「可愛い、エンブレムもたぬきなのね」
「そうだよ。瑠玖が、たぬき大好きなんだ」
 二人は顔を見合わせて笑う。
 華楠も蓮も胸元にエンブレムを付けた。
 その時だった。
「あのう・・・」
「ん?」
 遠慮がちに瑠玖に話しかけて来る影があった。
 振り向いて見るとそこに居たのは、マーチャントの女の子。
 不安そうに瑠玖の方を見ていた。
 看板を見て声をかけてくれたのかもしれない。
 そう思って、瑠玖は逃すまいとにっこりと微笑んでみせた。
「こんにちわ」
「あ、こんにちは」
 女の子はぺこりと頭を下げる。
 ネコミミのヘアバンドがぴょこんと揺れた。
 緊張しているらしい。とても表情が硬い。
「看板、を見て。新設のギルドさんなので大丈夫かなと思って」
「はいはい」
 やはりそうだった。
 全く初対面の人間との出会いと言うモノは嬉しい。
 少しの緊張感とわくわく感。
 相手がどんな気持ちで自分に話しかけて来てくれたのか。
 それを想像してみるだけで、楽しい気分になったりする。
「私、製薬アルケミスト志望なんですけど・・・大丈夫ですか?」
「製薬アルケミスト」
 今まで会ったアルケミストは戦闘型だったり半製薬だったりなので、完全製薬は初めてだった。
 なので思わずオウム返ししてしまったら、女の子は「はい・・・」と小さく呟いた。
「あの、看板に職業不問て書いてたので大丈夫かなと思ったんですけど・・・」
「いや、大丈夫やで?」
「ホントですか?!」
 女の子の目が輝く。
 もしかしたら今まで他のギルドで断られて来たのかもしれなかった。
「とってもとっても弱いんですけど、ホントにいいですか?」
「強い弱いは関係ないよ」
 海月が優しく言ってやる。
 瑠玖は看板の真ん中辺りをトントンと叩いてみせた。
 そこには『良い子ならOK』と書かれている。
「君、良い子やろ?」
「あ、えっと・・・」
「はい、良い子決定ー」
 普通、自分の事を自分で良い子などと言い切る奴は居ない。
 居るとすればお調子者か嘘つきのどちらかだ。
 前者ならまだ笑って許せるが、瑠玖は嘘つきは許せない。
 嘘つきは悪い子だ。
「お名前は?」
「はい。絢音と言います」
「よろしく、絢音」
 瑠玖は絢音に手を差し伸べると、ギルド加入要請を出した。
 絢音はその手を嬉しそうに握る。小さな手だった。

 絢音さんがギルドに加入しました。

 気が付くと絢音の後ろに並んで居る人間が居て、それはちょっと長めの列になっていた。嬉しさに心中で悲鳴を上げる瑠玖であった。



 しばらくして。『たぬきのギルドはマスターが面白可笑しい』とか噂が流れ始めた頃。
 海月はアサシンクロスになってから初めての『仕事』に出向いた。
 なんと、転生前にパートナーになったクロウとの相性がなかなか良く、転生後も偶然にレベル帯が同じで
 そのままパートナー継続と言う運びになっていた。
 まだレベルは低いのでアサシンクロスと言えど、請け負う任務は情報収集。
「戻りました」
 クロウと肩を並べてアサシンギルド内へ戻りアリエルに告げる。
 お帰り、と言ったアリエルはぽんと二人の肩を叩いた。
「お前達がまさかここまで息が合うようになるとは思わなかったよ」
「俺達もです」
「全くだ」
 三人共声を上げて笑い合った。
 ひとしきり笑った後、クロウは報告へ行って来るとキエルの元へ歩いて行った。
 アリエルと二人だけになって、海月はそうだ、と思い出し道具袋を探る。
「アリエルさん、これ」
「ん?なんだ?」
 渡したのは一枚の写真だった。
 数年前に約束したのとは少しだけ違うけれど。
 アリエルは口元を押さえた。
 そこには沢山の仲間に囲まれて笑っている海月と華楠の姿。
 二人共アサシンクロスの姿だった。
「お前・・・これ・・・」
「俺が今所属してるギルドのメンバーとの写真です。華楠と二人切りのは撮る機会が無くてこれしか無かったんで」
 約束と違ってごめんなさい、と海月は謝った。
 しかし、アリエルにとってはこちらの方が数倍嬉しかった。
 約束した通りにアサシンクロスの二人の姿が写っている。
 それと同時に、今現在二人が同じギルドに所属している事が見て分る。
 そして、一緒に写っている沢山の仲間達。
 二人は今も一緒に仲良く楽しく日常を生きているのだ。
 昔、マスターが調べた海月のデータは自分には結局見せて貰えなかった。
 誰がマスターでどんな仲間達か。そんな説明は一切海月はしなかったけれど。
 こうして海月と華楠の日常の事が少しでも知れる事が出来て、アリエルはとても嬉しかったのだ。
 海月の腕を取って引き寄せ、抱き締めた。
「アリエルさん?」
「ありがとう、ありがとうな、海月」
 弟のようなこの存在が愛おしくてたまらなかった。
 約束を覚えていて貰えて嬉しかった。
 日常を生きられない自分の存在を、しっかりと覚えていてくれた事が嬉しかった。
 アリエルは海月を離すと、写真を胸に抱き締めた。
「大切にするよ。だからお前もこいつらを思い切り大切にするんだぞ」
「はい」
 海月は笑顔で頷いた。
 クロウが報告を終えて戻って来た。
 アリエルと海月の雰囲気を見て首を傾げた。
 少しだけ気にした様子だったが、彼は自分に関係無い事は余り気にしない性質なのでまぁいいやと片付けた。
「アリエルさん、報告終わったすけど」
「おお、そうか。では、お疲れさん」
 アリエルは二人に例の薬を渡す。
 いつものようにコルクの蓋を開ける海月の隣で、クロウが「これ、やっぱ飲まなきゃダメなんすよね・・・?」とアリエルに問うていた。
 流石のクロウもこれは苦手らしい。まずい、とてもまずい。アリエルでさえ未だ苦手だと言うのだから。
 表情を変えずに飲む奴を見てみたい、と海月は思いながら鼻を摘んで飲み下した。
 やはり眉間に皺が寄る。唸り声が出る。
「当たり前だろう。規則だ。ほら、海月はもう飲んだぞ?お前も早く飲め」
 アリエルの手によってコルクの蓋を開けられて、クロウは無理矢理飲まされて居た。
 飲み下した後、まるで吐きそうな声を漏らして居る。
 それを見て海月は笑い声を上げた。
「海月ぃ・・・何笑ってやがる」
「や、なんでもないし。笑ってないし」
 掴み掛かって来られる前に、アリエルにぺこりと頭を下げると海月は逃げるようにアサシンギルドを後にした。


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