廃プリとAXの昔話。
「お前はまた・・・身体を緊縛するのが好きやなぁ」
浴衣に着替えて部屋の奥からやっと出て来た海月を見て、瑠玖は呆れとも関心とも取れる台詞を吐いた。
見れば、海月は本当は腰で結んで使う帯を、腰だけではなく胸の辺りまで身体に巻き付けて居た。
しかもだたのぐるぐる巻きではないから、凄いのだ。
いつも着ているアサシンの正装を彷彿とさせる。
結構きつく締めて居るらしくて、海月の細い腰のラインがしっかりと出ていた。
元々薄い布地で仕立てられた物。身体のラインが出てもおかしくはないのだが。
瑠玖は腰にばかり目が行ってしまって、奥で着替えさせた意味が余り無いと溜息を吐いた。
だが。と瑠玖は思う。
もし、もしもだ。
寝る時に海月が同じ布団に入って来たなら。
あの腰にそっと手を掛けて寝るくらい、許してはくれまいか。カミサマ。
「キンバクってなんだっけ」
瑠玖の心中を察しもせず、座布団を二枚重ねて殿様座りをしている海月。
その背後にそっと立ってみる瑠玖。
海月はやはり気配に気が付いたのか、振り返って見上げて来る。
今はこんな格好をしていて、子供みたいな表情を並べる海月もやはりアサシンなんだと思わざるを得ない所だった。
「どうしたの?」
尋ねて来る質問には応えずにしゃがみ込んで背中から抱き締めた。
自分と同じ、シャンプーの香りがする。
当然の事なのだが、なんだか嬉しかった。
しばらくぎゅっと抱き締めてから、そっと口を開く。
「なぁ、海月。少し、話せぇへんか」
「話?」
「そう。俺に言いたい事いっぱいあったやろ。俺もお前に言いたい事いっぱいあったんや」
お互いにやっと会えた事が嬉しくて後回しになっていた。
声が出ない、と泣いて訴えて海月からキスをして来たから後回しになっていた。
本当は顔を見合わせた時にちゃんと話さねばならなかった、とてもとても大切な話。
今回の事が無ければこのまま話さないでいたかもしれない、大事に仕舞っていた話。
海月はひとつ頷くと、困ったのか照れたのか。
小さな声で、わかった、と呟いた。
瑠玖は海月を離すと隣に腰を下ろそうとした。
その時、海月が座っていた座布団を一枚、腰を上げて取り出して手渡してくれた。
残念ながら、海月が直接座っていた方ではなかったけれど、ありがとうと受け取ってその上に座る。
先に口を開いたのは海月の方だった。
「じゃああの、まずね。声が出なくて応えられなかった事ね」
うん、と瑠玖は頷いて見せる。
あの時は不安だったなぁと思い出す。
聞いても何も言わないし、かと思えば突然泣き出して頭を振るし。
それでも、目だけはじっと逸らさずに自分を見ていてくれたなと、瑠玖は思った。
「今回の事、瑠玖は全然悪くないんだ。全部俺が悪くて・・・。俺、ちょここつもうしん?」
「猪突猛進な」
「うん、それ。そんな所があるから思い立ったらなんかやっちゃってて。ギルド抜けたのもパーティ抜けたのも
耳打ち拒否ったのも全部勢いで。相談した子と一緒に考えた作戦で。それを決行するって思ったら、不謹慎だけどわくわくして」
そこまで言って、海月ははっとした。相談した子、と喋ってしまった。
それは誰かと聞かれたらどうしよう、と思ったが。
だた瑠玖は頷きながら聞いていた。
喋るのを突然止めた海月に、どうした?と言う顔をして、それ以外は何も言わない。
瑠玖にとっては海月に自分の事を相談出来る相手が居ると言う事実、それだけで喜ばしかった。
だから相手が誰でも良かったのだ。自分以外に海月が心を開ける人間が出来たと言う事だから。
聞いて来ないから、話を先に進める事にした。
何処まで話したかを思い出して言葉を繋げる。
「えと、不謹慎だけどわくわくしちゃってね。その時は楽しかったんだ。後、ただ家に居るのもつまんなかったしすぐみつかっちゃって
怒られると思ったから、あんまり行った事無いトコ行ってみようかなと思って。アルベルタから色んなトコ周ったんだ」
「そうやったんか、一人でよう考えたな」
言いながら瑠玖は海月の頭を撫でた。
「でも、そのせいで大変だったでしょ?」
「まぁな」
どうやら今度は瑠玖が口を開く番らしい。
海月の頭を撫でて居た手に力を込めてそっと抱き寄せた。
されるがまま、海月の頭は瑠玖の肩口にぽすんと当たる。
「俺はまずお前探すのにプロンテラ周辺探して周って、その次の日崑崙飛んでな。街中とダンジョンくまなく周った。
可能性は低いなーと思たけど、一応船乗りのおっちゃんに聞いたら
その子なら昨日見たとか言われてな。昨日かい!って思たわ。お前、初日に崑崙行ってたんやな」
うん、と海月は頷いた。
何処へ行こうかと考えて、最初に浮かんだのは崑崙だった。
レベル上げに通っていたのとお金を稼ぎに行っていたのとで、トータルして二人で良く行っていた街だ。
崑崙では宿を取らずに探索をしてそのままアルベルタに戻ったのだった。
「そっからはもう手当たり次第アルベルタから船乗ったわ。天津も何度来た事か」
「そだったんだ」
「そやでー、このやろう」
ぐしゃぐしゃとまだ少し濡れたままの髪を、瑠玖の手は掻き乱した。
毛束がバサバサと小さく音を立てる。
「あ、それからね。あの・・・腕枕、の事だけど」
「あぁ、うん?」
あれは本当に調子に乗ったと瑠玖は心中で反省をする。
「嫌じゃ、なかったんだ。嬉しかったんだよ。ドキドキしちゃって、あの時は何も言えなかったけど瑠玖に抱っこされて寝るみたいで嬉しかった」
「ほんまに?」
「ほんまに」
照れ臭いのか、瑠玖の口真似をして笑って見せる。
瑠玖は心中、ほっとした。今正に反省をしていた最中だったからだ。
海月の頭を抱く腕に力が篭る。
「瑠玖にして貰った事で嫌だって思った事なんか一個も無いよ。ギルドで怪我して帰って来た時に傷口洗ってくれた時だって、
服脱ぐのは恥ずかしかったけど、俺の事心配してやってくれてるんだって分ったから嬉しかった」
直感型で目の前の事しか見ていなくて、周りで起こる事なんて見てもぱっと忘れてしまうような。
何処かそんな感じを持たれがちな海月だが、そこはアサシン。
洞察力と観察力はとても優れている。そして記憶力がとてもいい。
海月がアサシンギルドで怪我を負って来て、その傷をオアシスの水で洗ってやった事など
当の瑠玖でさえも言わなければ思い出せないような記憶になりかけていたのに。
大切に思っている記憶でも気が付けばいつの間にか薄れて行ってしまい、そして忘れていく。
普通の人間は大概そうである。海月の記憶力がいいのは生まれつきなのか、アサシンだからなのか。
放って置いたら海月は今にも自分の事を好きだと言いかねないので、瑠玖はちょっと昔話をしてみる事にした。
まぁもう十分、今までの会話で言葉にしなくても好きだと言っているようなモノなのだが。
ちょっと簡単には言って欲しくない、言わせたくない。そんな意地みたいなモノが瑠玖の中にあった。
「なぁ、覚えてるか?海月」
「何を?」
瑠玖は古い記憶を掘り起こすように、目を閉じてゆっくりと口を開いた。
「昔あるところにそれはそれは可愛らしい子が居ました。名前を海月と言いました」
まるで御伽噺のように、瑠玖は普段とは違う口調で話して聞かせる。
海月も目を閉じて、瑠玖の優しい声に耳を傾けた。
「その可愛らしさに嫉妬するのか、海月は毎日誰かにいじめられては泣いています。だけど、海月は立派な男の子です」
ぶふっと海月は吹き出す。
立派ではなかったな、と心中で呟いた。
「男のくせにめそめそするな!と海月は怒られました。海月を怒ったのは幼馴染の瑠玖でした」
ヒーロー登場やで。といつもの口調に戻って瑠玖は呟いた。
ヒーロー?と海月も呟き返す。
二人共目を閉じたまま。
寄り添って小さく笑い合った。
「可愛いのは生まれて来たものなんだから、胸を張ればいいんだ。と瑠玖は海月に言いました。
瑠玖が怒っているのは海月がめそめそと泣く事です。それから海月は少しずつですがめそめそと泣かなくなっていきました。
その内いじめても海月が泣かなくなったのでいじめっ子達も海月に構わなくなったのです」
少し目に涙が滲んで来た海月だった。
頭の中では幼い頃の記憶が綺麗なまま、昨日の事かのように蘇る。
「そんなある日の事。いつも瑠玖と遊ぶ広場へ行くと、瑠玖がたぬきさんを抱き締めて泣いていました。
海月は瑠玖が泣くのなんて見た事が無かったのでとてもとても驚きました」
そういえば、あれは驚いたなぁと海月は思う。
いつも自分が「めそめそすんな!」と言われていたのに、その時の瑠玖はか細い声を出して蹲って泣いていた。
「海月はそんな瑠玖の傍へ寄って行って『どうしたの?』と声を掛けると瑠玖は『とても怖い夢を見た』と泣くのです。
どう慰めてやったらいいか悩んだ海月は『おまじないをしてあげる』と言って瑠玖のおでこにひとつ、キスをしてくれました」
あ、と海月は思った。
あの夜。
眠りに落ちる前に額に瑠玖がしてくれたキスは、これだったのかと。
「海月は言いました。『僕が怖い夢を見ないように、お母さんがいつもしてくれるんだ。これでいつも僕も怖い夢を見ないから
きっと瑠玖も大丈夫だよ』と。瑠玖はおでこを押さえると嬉しそうに笑いました。涙も止まっていました」
瑠玖はそっと目を開けた。
くすぐるように海月の耳元を触る。
首を竦めながら海月も目を開けた。
至近距離でぶつかる視線。
「覚えとった?」
「うん、昨日の事みたいに頭に浮かんだ」
海月が笑って見せると瑠玖も笑って。
それから。
瑠玖は一度目を閉じて、ゆっくり開いてから真剣な顔になった。
何かと海月も釣られるように真剣な顔になる。
「そん時からや。俺ん中でお前が一番になった。おかんもおとんもたぬきさんも大事やったけど、ずば抜けてお前が一番になった」
言われて海月の胸はきゅうと締め付けられた。
苦しかった。痛かった。
それでも、嫌なものでは決してなかった。
同じだと思った。あの時額にキスされた時に、自分の気持ちに気が付いたのだから。
少しだけ、瑠玖の目が潤んだ気がした。
「好きやで、海月。ずっと、ずっと。大好きやった」
噛み締めるように、口にした言葉。
ずっとずっと一緒に居て、随分遠回りをして来たけれど。
やっと伝えられた大事に仕舞っていた思い。
それを告げる瑠玖の胸も苦しくて痛くて、ちょっと涙が出そうだった。
「うん、俺も。瑠玖の事が大好きだよ」
海月の方はもう言葉の最後は涙声。
やっと言えたと思ったら涙が出てきてしまって。
目には今にも溢れてしまいそうな位、涙が溜まっている。
「泣くなー、泣くなよー」
うん、と頷いたら衝撃でぽろっと一粒零れてしまった。
それを見て瑠玖は海月の事を抱き締める。
愛らしくて仕方が無かったのだ。悲しいんじゃなくて、嬉しくて泣いている海月が。
海月もしがみ付くように瑠玖の背中へと手を回した。
やっと、やっと手に入れた。
一方的な自分の気持ちに気付かれないように、抑えて抑えてずっと傍に居た。
無邪気な幼馴染の行動に、理性が飛びかけそうになる事だって何度もあった。
自分の気持ちを知られてしまったら傍には居られないと思って、心の深くに閉じ込めた。
隣で海月がいつまでも笑っていてくれるなら、このままでいいと。そう思って居た。
だけど。
突然、海月が傍から居なくなった。
連絡が取れない。何処に居るのか全く分らない。
そうしたら心にぽっかりと大きな穴が開いてしまった。
無くてはならないモノが無くなってしまった事が耐えられなくて、探す事に決めた。
ギルドメンバーには居場所に見当が付くなんて大見得を切ったが、感を頼りに探した所は何処にも居なかった。
アサシンギルドも尋ねてみたが、居ないと言われた。
嫌われてしまったのかもしれないと、思った。
自分がした事が何か海月の癇に障り、嫌がられてしまったと、思った。
心の深くに閉じ込めていた思いに気付かれてしまったのかもしれない、と思った。
それでも、会わなければいけないと思ったのだ。
悪い事をしたのならば、許して貰えるまで謝ろうと思ったのだ。
嫌われてしまっていたのなら、仕方ないと思って居たけれど。
「海月・・・」
追いかけて来て、みつけられて。
こうして今通じ合えて。
本当に良かったと、心から思う。
嫌われていなくて・・・良かったと。
ちょっと滲んだ涙を気付かれないように、瑠玖は手で拭った。
そっと身体を離すと、目線を合わせる。
まるで合図だったかのように顔を近づけ、ゆっくりと口付けた。
瑠玖はただ、触れるだけのキスのつもりだった。
今の気持ちではそれだけでよかったのだ。十分だった。
だが、驚いた事に海月からそっと舌を差し出して来た。
遠慮がちに侵入してくる柔らかい舌先。
海月の気持ちを察して舐め取ろうと思った時に、まだ海月が呼吸を止めているのに気が付いた。
そうだ、最中の呼吸法を教えていない。
肩を掴んで顔を離した。
「瑠玖・・・?やだった?」
「いや、まさか。あのな、キスしてる時は息しててもええんやで」
「え、そうなの?どやって?」
尋ねると、瑠玖は自分の鼻を突いて見せた。
海月も自分の鼻を指先で触る。
「鼻?」
「そう、鼻で呼吸すんねん」
「・・・鼻息かかるじゃん」
口唇を尖らせる海月に瑠玖は顔を寄せ耳元で囁く。
「鼻息がかかって興奮する時もあんねん」
「なっ」
ぼっと顔を赤くした海月に瑠玖はにやにやと笑う。
それを見て海月は赤い顔をしたままでムっとした表情をした。
からかわれたのが分ったらしい。
「どうする?もっぺんキスするか?」
「する!やってやる!」
「おお、上等」
膝立ちになって向かって来る海月に、自分の太ももをぽんぽんと叩いてみせる。
胡坐をかいた状態の自分に乗っかれと言うのだ。
多分、いつもならたじろぐ海月も息巻いてすぐに乗っかって来た。
瑠玖の肩に両手をついて掴る。
「頭抱いて?」
言われて海月は素直に瑠玖の頭を抱く。
なるほど、と思った。
この方がより接近出来て、キスがしやすい。
瑠玖の腕が腰にそっと添えられて、もう片方は頭に回る。
海月も身を屈めて顔を近付けた。
もう一度。
重なった口唇。
今度は瑠玖は躊躇わなかった。
海月の口の中に舌先を滑り込ませた。
「んっ」
びくん、と身体を跳ねさせながらも海月もそれに応えるように、自分の舌先を瑠玖のそれにくっつけてみる。
柔らかくぬるりとした感触。口の中よりも熱い。
なんとか頑張って鼻で呼吸をしながら、ゆっくりと動く瑠玖の舌先に海月はついて回った。
瑠玖の方は慣れたモノで。
海月の舌裏を自分のその先でくすぐってみたり。
いちいち身体をびくつかせる反応を楽しんでいたが、どうにも呼吸が苦しそうなので
余り長くは楽しんでられないなと見切りをつけて、最後にちょっとだけ海月の舌先を吸ってから口唇を離した。
唾液が糸を引いたので、海月の口唇を親指で拭ってやる。
思った通り、鼻で呼吸していたにも関わらず海月の呼吸は荒い。
瑠玖の頭を抱いたまま、大きく短い呼吸を繰り返して居た。
その頭をよしよしと撫でてやる。
「初めてにしてはよう頑張った」
「なんで瑠玖そんな慣れてんのー」
「さぁて、何ででしょ」
答えは色々と溜まったモノを発散する為に、海月の知らない所で女の子と付き合ったりしていたせいなのだが。
それを海月に言うのはとてもとても気が引けるので敢えて言わないでおいた。
知らないままの方がいい事もあるのだ。
「さて、そろそろ寝よか。もう結構ええ時間やろ」
「そうだね」
応える海月の声は何処か淋しげだった。
何だろう?と瑠玖は首を傾げる。
「どした」
「ん?・・・うん」
海月は視線を落として俯いてしまう。
それを下から覗き込むと、やっぱり何処か淋しそうな顔。
そんな顔をさせたくなくて、ぎゅうと抱き締めた。
「そんな顔すんなやー。どしたー?一体」
ゆりかごのように前後に揺れてみせる。
暫くの沈黙の後、ようやく口を開いた。
「なんか・・・寝るの勿体無いなぁって、思って」
揺れて居た、瑠玖の動きがぴたりと止まる。
そんな事を言われるとは思わなかった。
海月は二人きりの時間が惜しかったのだ。
好きだって言って貰えて、自分も好きだって言えて。
念願だった恋人同士になれたのに。
明日になれば、モロクに帰らなければならなくて。
そこにはギルドメンバーが待っていて。
それもとても嬉しい事だけど、今のように二人きりには多分なれないと思ったから。
だからちょっと切なかったのだ。
瑠玖はそれを海月の言葉からなんとなく理解した。
瑠玖にとっては海月が居れば、何処に居たって良くて。
誰が周りに居たって関係無いと思っていた。
そうかぁ、と思って少しだけ考えて。
そしてひらめいた。
「よし、ほんなら提案」
「提案?」
海月が顔を上げる。
「レベル99になってオーラ吹いたらな」
「うん」
瑠玖の手がそっと海月の両頬を包む。
「一緒に暮らそか」
今すぐに、とは言わないのがなんとも瑠玖らしかった。
目標がある方がやりがいがある。
「うん!」
頷くと海月は瑠玖の頭を抱きかかえ嬉しそうに身体を摺り寄せた。
何処へ住もうかとか。家具はどうしようかとか。
そんな話はまだまだ後。
今はレベル99のオーラへ向かって二人でまた一緒に歩いて行くのだ。
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