廃プリとAXの昔話。
お腹いっぱいにご飯を食べた後、二人は大浴場と言う所へ行ってみた。
天津の宿の部屋には風呂がついていない。
瑠玖はしばらくまともに風呂に入っていなかったので、身体を流したくて仕方が無かった。
自慢の髪の毛も砂埃でへろへろである。
ロビーまで言って、カウンターで尋ねてみたら各室に風呂は設置しておらず、
代わりに大浴場と言う大きな風呂があるのだそうだ。
脚を伸ばしてゆったり入れますよ、と言う受付嬢の言葉に気を良くしたのか
二人はルンルン気分で大浴場へ向かったのである。
「おわーすげー」
「広いー」
こんな風にはしゃぐ所は二人共まだ子供。
早くバスタブに浸かってみたい海月だったが、そこはぐっと堪えてまずは身体を洗う。
大浴場は作りが全て木製だった。
お湯を受ける桶と言うのも、腰掛ける小さな椅子も。
床も全て木で出来て居たし、一番驚いたのはバスタブ=湯船と言うやつすらも木製だった事。
何故隙間からお湯が漏れないのか、不思議でたまらない海月だった。
隣で瑠玖が「うっふーぅ」などと奇声をあげて気持ち良さそうに頭を洗っている。
もこもこ泡が立っていて見ていて面白かった。
桶にお湯を溜めて頭から被る。やった事のないこの作業も面白い。
ただ一つだけいつもと同じだったのはこんな和風な風呂の中でも、シャンプーがある事。
外国人観光客が多いからなのだろう。現に瑠玖は何の躊躇いもなくシャンプーで頭を洗っている最中だ。
海月もシャンプーを手に取って泡立てわしゃわしゃと自分の頭を掻き混ぜた。
髪の毛の短いのは楽でいい。すぐ終わる。
また桶にお湯を溜めて頭からかぶる。それを何回か繰り返して終わり。
今度は濡らした手拭いと言う布に石鹸と言う石のようなモノを擦り付ける。
すると段々ぬるぬるとしていき、次第に泡立って来た。
天津にある物は面白いな、と海月は思って止まなかった。
泡だった手拭いで身体をごしごしと擦ってみる。
別に痛くなくて硬さが丁度良くて気持ちがいい。
長く伸ばせるのでいつも苦労する背中も楽に自分で洗えるのだ。
痒いところに手が届くとはまさにこの事ではなかろうか。
また隣で瑠玖が「ひゃっほーぅ」とか叫びながら、手拭いで身体をごしごしと洗っている最中だった。
真っ黒い汚れがみるみると落ちていくのが分る。
身体の泡をお湯で流しながら見ていると、面白かった。
「先に入ってるよー」
身体を洗い終わったので、瑠玖にそう告げて先に湯船に浸かる事にした。
縁に立ってそっと覗き込んでみる。そんなに深くはないようだった。
深くても多分膝立ちで胸くらいまでだろう。・・・海月の身長で、の話だが。
片脚を思い切って入れてみた。少し熱いと思ったが我慢出来ない程では無かった。
次いでもう片方の脚も入れてずんずんと湯船に入っていく。
脚を伸ばして肩まで浸かり、手拭いを頭に乗せてみる。
「なんや、天津色に染まってんな」
瑠玖がやって来た。
すっかり綺麗になった身体を取り戻して何故だか得意気だった。
上機嫌で湯に脚を浸ける。
途端。
「あっぢぃ」
叫んで飛び退いた。
その姿に海月は驚く。同じ温度のお湯の筈だ。そんな飛び上がる程熱くはない。
瑠玖は眉を寄せて近寄ってくる。
「熱くないん?」
「熱くないけど」
ケロっとして応えるとふーむと、瑠玖はうろうろと歩き回った。
そして再び、意を決して湯船に近付き。
「てぇぇいい」
ばしゃんとあがる水飛沫。
飛び込んだのである。いい大人が。プールでは無く風呂に。
水飛沫を被った海月は頭の上の手拭いで顔を拭く。
そうしている内に、瑠玖は湯船の中で立ち上がり、熱いと一言呟いた。
湯船の中をうろうろしている間にみつけたらしい。
ベンチのようにお湯の中で座れるよう段差がついている箇所があった。
並んでそこへ腰掛ける。
「明日はちゃんとモロク帰って、ギルドの奴らとマスターに謝るんやで?」
「うん・・・」
頷きながら海月は考えた。
突然何も言わずにギルドを抜けた自分をマスターや他のみんなはどう思うだろうかと。
ケロっとして戻って行って、また入れて下さいなんてそんな都合のいい事は言える気がしなかった。
みんなからの耳打ちの拒否は、もう解除してある。
その気になればマスターに今すぐにでもごめんなさいと、告げる事だって可能なのだが。
出来なかった。
それくらい自分のした事は酷く重い事だと思うのだ。
「なーにをそんな思いつめてんねん」
不意打ちを食らい、顔に向かってお湯を掛けられた海月だった。
また頭の上の手拭いで顔を拭く。
「そんな心配せんでも、みんなお前の事待ってるで?」
「そうなの?」
尋ねると、うん。と瑠玖は頷いて見せた。
瑠玖がやっと海月をみつけた時。
実はギルドにもほぼ同時に報告していたのだ。
みつけたら報告をしろ、とのマスターからの初めての命令だった。
まぁ、その後変に盛り上がるギルドチャットは煩いから蓋をした。
やっと会えた海月と二人の時間を邪魔されたく無かったのだ。
「やから、そう気落ちした顔すんな。いつも通りのお前で戻って、しっかり謝って。また今まで通りに過ごしたらそれでええねん」
「今まで通り・・・」
「そう、今まで通り。一緒に」
な?言ってやると、海月は嬉しそうに笑った。
これで少しは安心させてやれただろうか。
少し様子を見ていると、一緒かぁ、なんて嬉しそうに呟いては脚を水中でばたばたさせている。
水上へ脚が出ていないので水飛沫は上がらないが、余りに可愛い動きだった。
そこで瑠玖は気付いてしまった。
今、自分も海月も素っ裸だと言う事に。
もっと早く気付くべきだったか、否、気付くのが遅過ぎたか。
どちらにせよ、気付いてしまってはもう遅く。
瑠玖の視線は海月の事を舐めるように見てしまう。
熱いお湯のせいで身体が温まり、上気した顔がどうにも艶っぽく見えて仕方が無い。
ほんのり赤く色付いた胸元とか。その先にあるピンクの突起だとか。
先程までは全く気にならなかった筈の箇所も、触れてみたくてたまらなくなって来てしまった。
だめだー・・・視線のやり場に困るー・・・。
ぎゅうっと瑠玖は目を瞑ったが。
「どうしたの?瑠玖。目に汗でも入った?」
手拭いであろう湿った布がぽんぽんと額を動いて行く。
・・・このように心配されてしまうと言うオチだ。
そして目を瞑ったら瞑ったで、先程見た海月の身体が瞼の裏に焼き付いていて頭から離れないし。
そのせいで脚の間の己の分身が起き上がるのを感じた。
いかん、いかん。これはいかん。
思わずうっかり押し倒してしまいかねない。
今日はキスまで!してもキスまで!それも最小限に抑えたキスで!!!
自分に言い聞かせる。
今日は初日だ。気持ちがやっと通じ合った日だ。
そんな日に犯罪を犯してはいかん。
それにそれに。
俺達はまだ、お互いに言葉でちゃんと気持ちを伝え合っていないのだ。
しっかりせねば。
・・・と、瑠玖は心中で捲くし立てると手拭いで股間を押さえて湯船から出た。
「瑠玖?大丈夫?」
「ちょいのぼせたみたいやから先にあがって涼んどくわ。ゆっくりしてきぃや」
後ろ手にひらひらと手を振って瑠玖は大浴場から退散して行った。
海月が部屋へ戻ると、瑠玖は部屋の窓際に立ってタバコを吸って居た。
窓は少し開けられていて、そこから入り込んで来る風が気持ちいい。
「ただいま」
持って帰って来た手拭いを、専用らしきタオル干しのような物にかけて
海月は改めて瑠玖を見た。いつもの黒い法衣ではなく、着物のような感じのひらひらした服を着ている。
「おぅ、お帰り。結構長く浸かって来たな」
「うん、俺ものぼせるかと思った」
瑠玖の傍へ行き海月も風に当たる。
「ねぇねぇ、その服どうしたの?」
「あぁ、これな?法衣着て廊下歩いとったらおばちゃんに呼び止められてな。こ汚いからそれ洗ってやるわぁ言われて。
部屋に戻ったらこれあるって言うから適当に着てみたんやけど。変やない?」
タバコを灰皿に置くと、袖を掴んでその場で1回転。くるんと回って見せた。
多少着崩れていてだらしなくなってしまっているが、初めて見た物を一人で着たにしては上出来だった。
勿論海月には正しい着方なんぞ分る訳も無いので、その目には上手に着ているように見える。
「似合うんじゃない?裾とか、瑠玖がいつも着てる法衣みたいだし」
「そうかぁ?」
裾をぱたぱたとはためかせてみるが、自分では全くそんな気がしない瑠玖だった。
奥の部屋には布団が二つ、並べて敷いてある。
どちらも綺麗で真新しい布団のようだ。
瑠玖を運んで来た時に使った布団はどうやら片付けられたらしかった。
あの時の瑠玖を見れば一目瞭然だったが、彼は本当に薄汚れていて汚かった。
そんな彼に嫌な顔せずに布団を提供してくれ、笑顔で食事を運んで来てくれ。
最後はそれを洗ってやると来たもんだ。プロとは凄いものである。
「瑠玖の法衣っていつ戻って来るの?」
「明日の朝にはお返ししますー言うてたで」
「ふーん。天津はどうやって洗濯するんだろうね」
「それは余り変わらへんの違うか?こうやろ?」
と、瑠玖は着ている服=浴衣の裾を持ち上げてそれぞれ握ると擦れ合うように擦って見せた。
プロンテラでもモロクでもどこでも見かける洗濯方法だ。
粉洗剤を振りかけながら、ひたすらに手でごしごしと洗う重労働である。
「天津だからわかんないよー、何か道具使ったりするかも」
「そんなんしたら布が傷んでまうやんけ」
「あれ、そうなの?」
「そうやろ」
瑠玖の一言で海月の、天津の洗濯の夢は音も無く崩れ去った。
だが、立ち直りは早い。
「そういえば、瑠玖のそれ。着てるそれ、なんて言うの?」
「なんやっけ、ゆたか?」
ゆたか?ゆかた?ゆたか?ゆたた?
呟いて、結局ゆたかに落ち着いた。
正しくは「ゆかた」であるが。
「俺も折角だし、そのゆたか着てみようかな」
何処にあんの?とごそごそし始める。
瑠玖としては気が気ではなかった。
折角落ち着いたと思ったのに、またここで肌を晒されてはたまったものではない。
なので、着せてくれと言われないうちに向こうで一人で着て来いと指令を出した。
浴衣は自分でみつけたようで、えーなどとぶーたれつつも渋々奥の部屋へ引っ込んで行った。
ほっと瑠玖は息を付く。
今までずっと失わないようにと気持ちを抑えて我慢して来たものが、やっと自分の腕の中に入りそうな時。
それを壊してしまう事だけは絶対にしたくなかった。
大切にしたい。大事にしたい。守りたい。そう思って来た。ずっと、ずっと。
そう、それは幼い頃から。
「思えば俺も一途やなぁ」
寄り道は色々としたけれど。瑠玖は呟いてまたタバコに火をつけた。
奥の部屋では浴衣と海月の戦いが繰り広げられていた。
服を脱いでパンツだけになったはいいが、この布の着方が分らなかった。
まず頭を入れる穴が無いのだ。どうすればいい。身体に巻くのか?
そうすると、この長い紐は何に使うのだろうか。
うーん、と考えて穴のない服、シャツを思い出した。
そうか、こうすれば。そうだ、ここに腕が入る。
なんとか袖を通す事に成功した海月だったが、今度は前の留め方がわからなくなった。
ボタンが無いのだ。それに端と端を合わせると瑠玖のように身体にフィットする感じにはならず
余裕で二人は入れそうだった。そしてこれも紐の使い方が分らない。
これも違うかー、と脱ごうとして。あ、と思い出す。
瑠玖が着ていたのをようやく思い出したのだ。
確かこう、前が布二枚重なっていて・・・。
そうだ、こうだ!これなら身体にフィットする。
これで・・・多分この紐を腰に巻けば。
着方は間違いでは無かった。問題は丈の長さで。
海月の身長だとこの浴衣では脚がすっぽりと隠れてしまうのだ。
これだとなんだか格好悪いし歩き難い。
それならば、と機転を利かせて腰の辺りから裾に向かって少しずつ掴んで行って。
丁度くらいの長さになった所で紐を用意し、腰に巻き付けた。
後はこの腰辺りで弛んでいる布を、適当に紐で身体に巻き付ければ。
「出来たー完成ー!」
紐の端っこはきちんと解けないように処理をした。
普段から紐の扱いには慣れている海月にはとても容易い事だった。
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