廃プリとAXの昔話。


 あれから何日くらい経っただろうか。
 海月は船を使って色々な国を周り、宿を取ってはそこに泊まって観光やら近くのダンジョン探索やらを一人で楽しんでいた。
 あの日、華楠と交わした会話を思い出す。
『多分、相方さんはずっと海月と一緒に居るから安心してる所があるかもしれないわ。だからね、一度引いてみるの』
『引く?』
『そう。パーティもギルドもいつも一緒でしょ?だからどっちもぽんと抜けちゃって海月は居なくなっちゃう訳』
『居なく、なる・・・』
『勿論耳打ちも拒否よ。連絡付いたらばれちゃうんだから』
『それって後に響かない?』
『勿論響くわよ。だから、ひとつの賭けね。探しに来なかったら幼馴染としても相方としてもお終い。
 ギルドメンバーと一緒に探しに来たら脈は無し。もしも、一人で探しに来てくれたら脈あり、ってとこかしら』
『・・・華楠、他人事だからって面白がってない?』
『そんな事ないわよ、ちゃんと真剣に考えたんだから!』
 恋愛に慣れていない二人がなんとか考え抜いた秘策だった。
 海月はただ待っているしかなく、自分の家に居てもすぐ見つかってしまうのでこうして各地を周っている。
 今日は天津へやってきた。
 瑠玖と二人、初めてペアで狩りをした思い出のダンジョンがある街だった。
 年中なのか桜と言う花が舞い散る綺麗な街だ。
 建物も和風と言うやつで、見慣れない物ばかりである。
 さっそく宿を取った。
 案内された部屋へ行くと入り口で靴を脱ぐように言われた。
 脱いだはいいがスリッパが無い。このまま歩いていいのだろうか、と思ったが先を行く着物と言う服を来た女性も
 そのまま歩いていたので習って歩いてみた。足の裏に畳と言う床のなんとも言えない感触が楽しい。
 部屋の中にあるテーブルは高さが随分と低く、とても使い難そうだった。
 訝しげに見ていると、女性が小さな真四角の布団のようなものを持って来てそのテーブルの脇に置く。
 そして、そこへ座るようにと言った。
 聞いてみれば、その真四角の布団のようなものは、座布団と言うらしく床に直接座る為に作られた布団なのだと言う。
 座ってみると柔らかくて床に座っているのにお尻が余り痛くなかった。
 いつも地面に座っているマスターの木ノ葉の事を思い出す。
 これ買って帰ったら喜ぶだろうなぁ・・・と思ってから、そういえばギルドは抜けたのだったと思い少し淋しくなった。
 しょぼくれていると、今度は湯呑みと言うグラスに緑色の液体が入った物を勧められた。
 最初は液状化されたポポリンかと思ったが、匂いが違う。
 湯呑みを手で持つと暖かかった。
 お茶と言うらしい。それも緑茶。緑色をしているから、そう呼ぶのかと海月は笑った。
 飲んでみると少し苦かったが後味はさっぱりとしていて飲み易かった。
 瑠玖、好きそうだなぁこう言うの。と考えてしまって・・・またしょぼくれた。
 とてもとても会いたいのに自分からは会いに行けないもどかしさ。
 毎日カミサマに、瑠玖が自分をみつけてくれるように願うのだった。
 ごゆっくりどうぞ、と言い残して着物姿の女性は部屋を出て行った。
 どうしようか迷い、思い切って海月は天津のダンジョンに行く事に決めた。
 宿を出てカプラサービスで装備とアイテムを整えてきちんとセーブをする。
 多分3階には一人で行けないから、行けても2階までかなぁなんてぼんやりと考えながらゆっくりと歩いた。



 久し振りに来た天津のダンジョンはやはりアコライトで溢れていた。
 自分の立ち位置にニューマを張って一生懸命に銃器兵にヒール砲を放っている。
 ターゲットをうっかりとってしまわないようにそぉっと歩いていたが、
 アサシンの正装は目立つのか標的にされる事が多かった。
 そこへヒール砲を放つアコライト。タゲられているのが海月だと気付くと必死で頭を下げて謝ってくる。
 謝らなければならないのはこっちなのにな、と思って、そのまま倒していいよと告げてやるのだった。
 何度かそんな事を繰り返しながら先へ進み、途中何体かカブキ忍者を倒しながら歩いていると。
 行きたい方向とは違う所へ出てしまい、道が突き当たってしまった。
「あれ、間違えたかな」
 天津のダンジョンは道が分り難い。
 昔相当通い詰めて覚えたつもりでいたけれど、どうやら忘れてしまったようだった。
 瑠玖との思い出も一緒に忘れてしまったような気がしてしょぼくれる。
 だからと言ってこのままここに居る訳にはいかないので、また歩き出した。
 畳の迷路をようやく抜けて2階への入り口まで辿り着き、やったぁと一人呟いて一息ついた時だった。
「みつけた」
 呟くような声が聞こえた気がして振り向こうとした。
 だが、それは出来なかった。
 後ろから誰かに抱きすくめられたのだ。
 右手にチェインを握った手。
 黒く薄汚れている。
 ぼすっと音を立ててバックラーが畳の床へと落ちた。
 使い古されたバックラー。
 良く見れば、見慣れた傷があった。
 もしかして、もしかしたら・・・。
「やっと、捕まえた。もう逃げんなよ」
 聞きなれた声が少しだけ震えて耳元で響いた。
 瑠玖だ、瑠玖の声だ。
 海月の視界はみるみると滲んで行く。
 ぽろっと一粒涙が零れる。
 みつけて貰えた。探しに来てくれた。
 ただただ、それだけが嬉しかった。
「瑠玖、瑠玖でしょ?」
 顔が見たくて振り向いた。
 すると海月に後ろから抱きついていた瑠玖の身体はずるりと崩れ落ち、畳にうつぶせに倒れてしまった。
 見れば目を瞑っており、意識が無い。
「瑠玖!瑠玖!」
 嫌だ、折角会えたのに!
 首元を触って脈を確認する。どくどくと波打っているのを感じる。
 意識が無いだけで、死んでしまった訳ではないらしい。
 何故死んだなんて思ってしまったのか。この男がそう簡単に死ぬはず無いのに。
 じっと瑠玖の顔を見る。目を瞑っているけれど、今日まで見れなかった分見詰めてみる。
 すると微かに睫毛が濡れているのが見て取れた。
 さっきの耳元で喋った時の震えてた声。
 もしかしたら、泣くのを我慢してたのかもしれない。
「瑠玖ぅ」
 海月はまた目に涙を溜めながら、瑠玖のチェインとバックラー、頭から落ちたたぬきを拾い上げてから瑠玖自身を担ぎ。
 涙を流しながら蝶の羽を千切った。



 宿に戻るとすぐに布団を敷いて貰った。
 天津ではベッドでは無く床に直接布団を敷いて寝るそうだが、今はそれに関心している余裕は無かった。
 担いで来た瑠玖をそっと寝かせると、医者を呼ぼうかと問うてくる女性に大丈夫だと告げて追い出した。
 瑠玖は小さく寝息を立てていた。
 実は瑠玖はこの数日間満足に睡眠も取らずに昼夜問わず毎日海月を探し続けて来た。
 ニアミスで海月の周っていた国を周り、今日やっと追いついたのだ。
 やっと、やっと捕まえて安心したのだろう。
 意識を失ったのはそのせいだった。
 海月は布団の中で眠る瑠玖の傍らで座布団に座り、じぃっとその姿をだた見守っていた。
 何時間もそうして居た。そうして居なければならない気がしたからだ。
 瑠玖が起きたらなんと言って謝ろうと頭の中はそれでいっぱいだった。
 作戦を決行した時はまだわくわく感があった。各国を周って居る時もまだ楽しかった。
 でも、今こうして瑠玖にみつけて貰い、凄く凄く嬉しかったけど。後から罪悪感が襲い掛かって来た。
 突然何の連絡も無く、ギルドを抜けた事。
 マスターを筆頭にギルドメンバーみんなが驚いた事だろう。そしてきっと心配してくれたに違いない。
 次いで全員からの耳打ちを一切拒否した事。こんな事をしたのは初めてで思い返すと悪い事をしたと深く反省した。
 最後に。
 瑠玖と組んでいるパーティを何も言わずに抜けた事と瑠玖からの耳打ちさえも拒否した事。
 これだけは最後まで踏ん切りがなかなかつかなかった。今まで一度たりとも無かったのだ、瑠玖との連絡を絶つなんて。
 考えるだけで涙が出た。本当に悪い事をしてしまったと思った。
 抱えている膝に涙がぽたりと落ちて布の色を変えて行く。
 まるで水玉模様のように、いくつもいくつも涙の跡が出来た。
「・・・また、泣いとる」
 掠れた声に顔を上げた。
 目を開けた瑠玖が海月の方を向いて笑っている。
「瑠玖!大丈夫?あぁ、それからえっと・・・」
 言いたい事が沢山あって喉に次から次へと押し寄せる。
 詰まってしまって言葉にはならなかった。
 大丈夫や、と呟いて瑠玖は海月を手招いた。
 怒られるのを覚悟で海月はおそるおそる近付いて行く。
 すっと上がった手。
 叩かれる、と思い身を竦めた海月だったが、次の瞬間瑠玖の胸元へ抱き寄せられていた。
「やぁっとみつけた・・・よかったぁ」
 本当に、心底安心したように瑠玖は言った。
 一度海月の頭を撫でてから、ぴたりと動きを止める。
 そして、抱き締めていた腕を離した。
 離された事に驚いて、海月は身体を起こす。
「瑠玖・・・?」
 呼びかけると瑠玖はなんだか困ったような顔をした。
「ごめんな、海月。夜中にお前が来た日、俺なんかお前の嫌やった事してもうたんかな」
 謝ろうと思って居たのに逆に謝られてしまってまた驚いた。
 何故瑠玖が謝って居るのかが分らなかった。
 瑠玖に悪い所なんてひとつも無くて、今回の事は全て自分が悪いのに。
 そう言ってやりたいのに、言葉が喉に張り付いたみたいにそれ以上出て来なくて喋れなかった。
「調子乗って、腕枕なんかしたんが悪かったんかな」
 違う、と言いたくて。でも何故か言えなくて。
 代わりに首を横に振って見せた。
「せやったら、おでこにキスしたんが嫌やったんかな」
 また首を振る。
 言いたい、瑠玖がしてくれた事で嫌だった事などひとつも無いのだと。
 でも、喉が張り付いたみたいで声が出ないのだ。
 もどかしくてたまらなかった。心中で悲鳴を上げた。
 声の代わりに涙が頬を伝った。
「泣かんといてや、海月。お前にそんな顔で泣かれると俺苦しいわ」
 胸の辺りで拳を握って瑠玖は顔をしかめる。
 出来れば止めたかった。瑠玖が苦しいと言うなら止めたかった。
 でも止まらなくてどうしようもなくて。
 海月は気が付いたら動いて居た。
 まだちょっと泣いたまま、瑠玖の頭の近くに正座する格好になるとそのまま頭を下げた。
「え?海月・・・?」
 言葉でこの気持ちを伝えられないなら、もう行動に移すしかなかったのだ。
 今までそんな事した事なんて無かった。
 当たり前だ、する相手もしたいと思う相手も居なかったんだから。
 どのくらいの強さで触れていいのか分らなくて、最初はちょんと触れる程度。
 次はもう少し強めに。3回目くらいでやっとちょうど良さそうな力加減に出来たので満足してそのままでいた。
 海月から、瑠玖に口付けた。
 瑠玖は唖然としてそれをただ受け入れていた。目は見開いたまま。
 目をぎゅっと瞑ってゆっくり何度か上下する海月の顔を見ていた。
 海月が停止した所でやっと、自分が海月にキスされているんだと気付いた。
 何故、はもう考えなくても分った。
 多分、きっとそうなのだ。
 自分がそうなのだから、こいつもきっとそうなのだ。
 追いかけて来て、みつけ出して、捕まえられて。
 良かったと心底思った。これでまた一緒に居られると思うと嬉しかった。
 海月は懸命に息を止め、ただ口唇を合わせている。
 その姿が可愛らしくて、つい悪戯心が湧いた。
 ぺろっと海月の閉じられた口唇を舐めてみる。
 びくっと海月の身体が震えた。でも口唇は離そうとはしなかった。
 ただ、ほんの少しだけ隙間が出来た。そこへ舌を滑り込ませる。
 これには海月は相当驚いたのだろう。身体ごと起き上がろうとする。
 だがそれは、瑠玖の予想の範囲内。
 瑠玖は海月の頭を抱いて、忍ばせた舌先をゆっくりと動かした。
 余り暴れすぎて最初から驚かせ過ぎないように。
「ふはっ」
 息を止めて居られなくなったのか、海月が息継ぎをする。
 そりゃそうだ、と瑠玖は思う。
 でも多分、海月にとっては初めてのキスだ。
 最中の呼吸の仕方も分らないだろう。
 余りいじめては可哀想なので、頭を抱く腕を緩め開放してやった。
 離れて行く口唇。海月は瑠玖の肩口にへなへなと萎れ、大きく小刻みに呼吸を繰り返していた。
 その頭をぽんぽんと叩く瑠玖は満足気。
 呼吸が整った頃、やっと海月は顔を上げて瑠玖を見下ろした。
「何今のー」
 あ、声が出る。海月は呟いた。
「何ってお前、キスやんキス。して来たのはお・ま・えー」
 指をさして言われて海月は顔を赤くした。
 確かにそうだけど、舌を入れて来るなんて反則だと、海月は思った。
 瑠玖に言わせれば、多分あれは大人のキスなんだろうとは思うけど。
 いきなり体験するとは思わなかった。瑠玖の舌の感触がまだ口の中に残っている。
 思い出すだけでドキドキした。
「つぅか、お前声出ぇへんかったの?」
「うん、なんか喉張り付いてて・・・」
 会話の途中、海月が視線を彷徨わせる。何かの気配を追っている様子だ。
「どした」
「しっ、誰か来る」
 海月の言った通り、数秒後ノックの音がした。
 ドアを開けに行くと、お食事お持ち致しましたーと女性が二人入って来る。
 手には箱型のトレイのような物を持っていた。
 その上には綺麗に飾りつけられた和風料理が所狭しと並べられている。
「わー」
「え、なになに?俺の分もあんの?」
 瑠玖が布団が敷かれて居た部屋から飛び出して来て言うと、女性はその格好に顔をしかめたりせず
 にこやかな笑顔で、お二人様分お持ち致しました。と告げた。
 女性が部屋から出て行くと、二人はさっとお膳の前に付いた。
 どれもこれも見た事の無いモノばかりで、どれが飾りでどれが食べられるのかも分らなかったが
 とりあえずご飯の前。両手を合わせていただきますをした。
「ねぇ、瑠玖」
「ん?」
 流石にこれを着たままじゃまずいか、と呟いてすっかり汚れた法衣を脱いでいた瑠玖は
 海月の呼びかけに小首をかしげて応えた。
「ナイフもフォークもないけど、どうやって食べるんだろ?」
 これ?と呟きながら両手に一本ずつ、海月は細い棒を握っている。
 海月がばらばらに握っている棒は、二本セットで始めてその意味を成す物である。
 その名を箸と言い、天津では食事をする時はこれを使って器用に食べ物を摘むのだ。
 だがそれを食事を置いて行った女性達は二人に説明してくれなかった。
 二本の細い棒を前に腕を組む二人。
 流石に瑠玖も天津の食事作法まではまだ知らなかった。
 真剣に悩んだ結果好きに使え、と言う結論になった。
 本当はやってはいけないのだが・・・。
 海月は一本で食べられそうな物に突き刺して使い。
 瑠玖は二本で端から順番に突き刺して使った。
 中には口に合わなくて吐き出したモノもあったが、殆どを美味しく食べられて満足した二人だった。


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